昨日の夜、店閉めて上里のシネコンまで行って
『ゴーンガール』見てきました。
ベンアフレックといえば私は『カンパニーメン』の印象が強く、
もはや賞味期限切れの盛りが過ぎた存在のようなイメージ
でしたが、世間的には『アルゴ』でのアカデミー賞受賞
など順調なキャリアを積んだ役者です。


そんな私評価の中での彼の姿が冒頭一人で家から出て
いきなり朝なのにバーに行き酒を飲みだすという姿と
デビュー当時とは違ったでぶでぶした姿でまた失業者
役なのかと主人公が今置かれた境遇を語らせます。
話はその後いったり来たりして主人公はいい人なのか
殺人者なのかといった不安定な状況になり、誰かと同化
して物語にのめり込んでいくといった本来の映画の楽しみ
や別の人生を疑似的に味あわせてくれるといった楽しみ
と行ったものとは違う傍観者としての視点で進みます。
それが退屈と感じるか、ワクワクとした野次馬的興味を
持てるかでこの作品を楽しめるのかどうかという分かれ目に
たたされます。
そして、それはそこデビットフィンチゃー監督ですから
極限の恐怖とかスリラー的マニヤック的な世界も展開して
ぞぞーとした物を見せてくれるわけです。
エイミー役の女優の顔が途中、米ドラマのリベンジの
エミリーソーンに見えてしまいこの人そうかなあとじっくりと
見入ってしまいやっぱ違うと確信するまで時間がかかり
ます。


エミリーソーンの方がかなりかわいく思えてくる展開に
なってさっきのぞぞーがいや増します。
観終わって監督の意図したものが結婚生活なんてそんな
捕らわれのものさという最後は夫婦は置いてけぼりで
結果彼らにはよかったのでしょうという終わり方は
見たものにそれぞれの人生と結婚観と女性の生き方を
考えさせます。
そして、私がどう感じたかというと知恵を絞って繕った
ことはその成果や出来如何にかかわらずやはり破綻の香りが
するものです。
これは私の今までの経験上ぬぐえないもので、頭のいい女性
とか知恵者の虚構はあくまで砂上の楼閣であり、虚実の
産物は虚の中でしか成り立ちえないのです。
作品という虚の中でも精神衛生的にはやり込められていた夫が
最後は弁護士や世論を味方につけて悪女を糾弾して終わると
いうのが今までの物語であり、何らかの救済があったの
ですが、それを先延ばしにするところがヒンチャーの個性
ということなのでしょう。
『ゴーンガール』見てきました。
ベンアフレックといえば私は『カンパニーメン』の印象が強く、
もはや賞味期限切れの盛りが過ぎた存在のようなイメージ
でしたが、世間的には『アルゴ』でのアカデミー賞受賞
など順調なキャリアを積んだ役者です。


そんな私評価の中での彼の姿が冒頭一人で家から出て
いきなり朝なのにバーに行き酒を飲みだすという姿と
デビュー当時とは違ったでぶでぶした姿でまた失業者
役なのかと主人公が今置かれた境遇を語らせます。
話はその後いったり来たりして主人公はいい人なのか
殺人者なのかといった不安定な状況になり、誰かと同化
して物語にのめり込んでいくといった本来の映画の楽しみ
や別の人生を疑似的に味あわせてくれるといった楽しみ
と行ったものとは違う傍観者としての視点で進みます。
それが退屈と感じるか、ワクワクとした野次馬的興味を
持てるかでこの作品を楽しめるのかどうかという分かれ目に
たたされます。
そして、それはそこデビットフィンチゃー監督ですから
極限の恐怖とかスリラー的マニヤック的な世界も展開して
ぞぞーとした物を見せてくれるわけです。
エイミー役の女優の顔が途中、米ドラマのリベンジの
エミリーソーンに見えてしまいこの人そうかなあとじっくりと
見入ってしまいやっぱ違うと確信するまで時間がかかり
ます。

エミリーソーンの方がかなりかわいく思えてくる展開に
なってさっきのぞぞーがいや増します。
観終わって監督の意図したものが結婚生活なんてそんな
捕らわれのものさという最後は夫婦は置いてけぼりで
結果彼らにはよかったのでしょうという終わり方は
見たものにそれぞれの人生と結婚観と女性の生き方を
考えさせます。
そして、私がどう感じたかというと知恵を絞って繕った
ことはその成果や出来如何にかかわらずやはり破綻の香りが
するものです。
これは私の今までの経験上ぬぐえないもので、頭のいい女性
とか知恵者の虚構はあくまで砂上の楼閣であり、虚実の
産物は虚の中でしか成り立ちえないのです。
作品という虚の中でも精神衛生的にはやり込められていた夫が
最後は弁護士や世論を味方につけて悪女を糾弾して終わると
いうのが今までの物語であり、何らかの救済があったの
ですが、それを先延ばしにするところがヒンチャーの個性
ということなのでしょう。