KINGのプロレス観戦記&諸々 -12ページ目
2月19日に発売される待望のオリジナル&ベストアルバム 新譜曲名が発表されました! 1.1980HERO 2.ツッパリHigh School Rock'n Roll( 還暦編) 3.Johnny All Right! 4.銀のロックン・ローラー 5.大人の勲章 6.待たせてごめん 7.Now&Forever~これからもずっと~ 8.これからもよろしくな 9.Lucky☆Star 10.Again 楽しみでしかない! 【CD Disc2】 ・横須賀Baby ・ぶっちぎりRock'n Roll ・尻取りRock'n Roll ・ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編) ・気ままな Oneway Night ・羯徒路薫'狼琉 ・ツッパリHigh School Rock'n Roll(試験編) ・ジェームスディーンのように ・お前サラサラ サーファー・ガール おいらテカテカ ロックン・ローラー ・銀ばるRock’n Roll ・男の勲章 ・あせかきベソかきRock'n Roll Run ・おまえにピタッ! ・アイ・メイク・ユー ・哀愁のワインディング・ロード ・RUNNING DOG ※ベストセレクト16曲を2020年の最新リマスタリングで収録 ※曲順未定 【DVD】初回限定盤:路薫´狼琉盤のみ ・横浜銀蝿40th 復活ドキュメンタリームービー ・"1980HERO" Music Video ・"Again" Music Video ・"男の勲章" Music Video 楽しみでしかない! ジョン“クラッシャードゥーガン”メイア選手がご逝去なされました メイア選手は、マレンコ道場出身であり、NYWC(New York Wrestling Connection)で活躍なさいました 詳しい経歴は分かりません 謹んで御悔やみ申し上げます ヘラクレス・アヤラ選手がご逝去なされました アヤラ選手はカルロス・コロン選手にスカウトされる形でプエルトリコでデビュー デビュー前にボストンに短期間住んでおり、この際に元NWAジュニアヘビー級チャンピオンのアンジェロ・サボルディ選手に手解きを受けたようですね 1977年、ドイツ遠征の際のブレット・ハート選手&ダイナマイト・キッド選手に出会った事で、カナダカルガリーのスタンピードレスリングに参戦 そこで、インターナショナルタッグ選手権(カルガリー版)を獲得しております プエルトリコに戻り、コロン選手の主宰する、キャピタルスポーツプロモーション(後にワールドレスリングカウンシルに改名)で活躍 85年にはランディ・サベージ選手からWWC北米ヘビー級選手権を獲得 87年にはヒールターンし、カルロス・コロン選手と抗争 WWCユニバーサルヘビー級選手権をコロン選手から奪取しております 日本へは、プエルトリコヘビー級チャンピオンとして1976年に国際プロレスへ初来日 1984年には新日本プロレスへ来日しております タイトル歴 AWF世界ヘビー級選手権 AWF世界タッグ選手権(パートナーは、インベーダーIV選手) NWA世界タッグ選手権(ワールドクラス版)(パートナーは、アリ・ムスタファ選手) EWU世界スーパーヘビー級選手権 カナディアンインターナショナルヘビー級選手権 インターナショナルタッグ選手権(カルガリー版)(パートナーは、ジム・ネイダート選手) WWCカリビアンヘビー級選手権:3回 WWC北米ヘビー級選手権 WWC北米タッグ選手権(パートナーは、ビクター・ジョビカ選手) WWCプエルトリコヘビー級選手権:5回 WWC世界ジュニアヘビー級選手権:3回 WWC世界タッグ選手権(パートナーは、キング・トンガ選手) WWCユニバーサルヘビー級選手権:3回 享年69歳 謹んで御悔やみ申し上げます ロッキー・ジョンソン選手がご逝去なされました ジョンソン選手はWWEで大活躍したザ・ロック選手の父親であり、ハワイ出身のレスラー・プロモーターであったピーター・メイビア選手の娘婿でもあります 1964年カナダでデビュー トロントのメープル・リーフ・レスリング、カルガリーのスタンピード・レスリング、バンクーバーのオールスター・レスリングなどカナダ各地を転戦し、バンクーバーでは1967年4月3日、ドン・レオ・ジョナサン選手とのダッグチームでクリス・トロス&ジョン・トロス組からNWAカナディアン・タッグ選手権を獲得するなど、早くから活躍しております 70年には西海岸ロスアンジェルスに進出し、70年1月16日にグレート小鹿選手からNWAアメリカスヘビー級選手権を奪取 同年9月、日本プロレスに初来日し、第1回NWAタッグリーグ戦にアーニー・ラッド選手とのタッグチームでエントリーしております 71年からはサンフランシスコち地区を主戦場とし、後に義父になるピーター・メイビア選手とタッグチームを結成 その後、ベビーフェイスに転向し、パット・パターソン選手とタッグチームを結成し、NWA世界タッグ選手権(サンフランシスコ版)を4度獲得しております(後に、ペッパー・ゴメス選手とのタッグチームで2度獲得) 74年にはアメリカ南部に参戦、ジョージアでは同年12月6日バディ・コルト選手からNWAジョージアヘビー級選手権を奪取しております 1975年はフロリダに主戦場を移し、7月31日J・J・ディロン選手からNWAフロリダTV選手権を、同月及び12月23日にはボブ・ループ選手とカーティス・イヤウケア選手からNWAフロリダヘビー級王座をそれぞれ奪取しております 同年からはセントルイスのキール・オーディトリアムの定期戦にも再三出場して、ジャック・ブリスコ選手のNWA世界ヘビー級選手権、ハーリー・レイス選手のNWAミズーリヘビー級選手権に挑戦 その間に、ディック・ザ・ブルーザー選手やウイルバー・スナイダー選手とタッグを組み、ニック・ボックウィンクル選手、ブラックジャック・ランザ選手、バロン・フォン・ラシク選手、オックス・ベーカー選手、バリアント・ブラザーズなど、AWAやWWAのヒールとも対戦しております 1976年はテキサスの東部地区で活動、ダラスではホセ・ロザリオ選手をパートナーに、3月3日にスタン・ハンセン&キラー・ブルックス組からNWAテキサスタッグ選手権を奪取 日本でモハメド・アリvsアントニオ猪木戦が行われた6月25日(アメリカでの現地時間)には、ヒューストンでのクローズドサーキット興行にてテリー・ファンク選手のNWA世界ヘビー級選手権に挑戦してます 同年はテネシーのミッドアメリカ地区にも参戦し、11月1日にメンフィスにてジェリー・ローラー選手を破り、NWA南部ヘビー級王選手権座を獲得した 1977年よりフロリダに戻り、同年4月にブルーノ・サンマルチノ選手を破りフロリダに転戦して来たスーパースター・ビリー・グラハム選手のWWWFヘビー級選手権に8月から9月にかけて連続挑戦しております 9月19日にはペドロ・モラレス選手と組んでパット・パターソン&イワン・コロフ組からNWAフロリダタッグ選手権を奪取 1978年にかけてはKKKギミックのキラー・カール・コックス選手を相手に遺恨試合を繰り広げ、ハーリー・レイス選手のNWA世界ヘビー級選手権にも再三挑戦 1980年1月、当時フロリダ地区との提携ルートを持っていた新日本プロレスに10年振りの再来日 1月6日の東京福生大会にてアントニオ猪木とのシングルマッチも実現 この来日の際に、バッドニュース・アレン選手とのタッグチームで北米タッグ王座挑戦する事になっておりましたが、目前に控えた試合(2月5日の愛知県体育館における、スタン・ハンセンと組んでの猪木&ストロング小林組とのタッグマッチ)において、ハンセン選手のウエスタンラリアットの誤爆を受け負傷し、翌日のタイトル戦を欠場してしまいました 日本でもタイトルを獲得していたら、転戦地でタイトルを軒並み獲得している選手となったので、負傷欠場は惜しまれますね これが最後の来日 日本とも縁の深いアメリカのメジャーテリトリーで活躍したにもかかわらず、多忙を極め来日回数は僅か2回のみ 1980年下期からはジム・クロケット・ジュニア氏主宰のNWAミッドアトランティック地区に転戦 スウィート・エボニー・ダイヤモンド(Sweet Ebony Diamond)なる覆面レスラーに変身してマスクド・スーパースター選手とマスクマン同士の抗争を展開しております 1981年4月29日にはトーナメントの決勝でグレッグ・バレンタイン選手を破り、空位となっていたTV王座を獲得しております 1982年は太平洋岸北西部のパシフィック・ノースウエスト・レスリングに参戦 4月には同地区をサーキットしていたリック・フレアー選手のNWA世界ヘビー級王座に連続挑戦 7月15日にはリップ・オリバー選手からNWAパシフィックノースウエストヘビー級選手権王座を奪取 1983年よりニューヨークのWWFに参戦して、ドン・ムラコ選手が保持していたインターコンチネンタルヘビー級選手権に再三挑戦 同年8月より、トニー・アトラス選手と黒人タッグチーム、ソウル・パトロール(The Soul Patrolを結成し、11月15日にワイルド・サモアンズ(アファ&シカ組)からWWFタッグ選手権を奪取 WWFには85年まで参戦していて、WWF全米侵攻時にもベテランのベビーフェイスとして活躍しておりたした WWF離脱後は、義父ピーター・メイビア選手の未亡人リア・メイビア氏が再興したハワイのポリネシアン・パシフィック・レスリングにて主力レスラー兼ブッカーとして活躍 1987年には、かつて主戦場の1つとしていたテネシーのCWAに登場し、7月6日にビル・ダンディー選手とのタッグチームでポール・ダイヤモンド&パット・タナカ組CWAインターナショナルタッグ選手権王座を奪取 これが現役最後の戴冠となりました 以降は1990年代初頭まで、プエルトリコのWWCや古巣フロリダのインディー団体にゲスト出場しています 引退後は2003年上期に、WWEのファーム団体OVWのトレーナーを務めていました 2008年3月にはピーター・メイビア選手と共にWWE殿堂入りしてます タイトル歴 NWA世界タッグ選手権(デトロイト版):4回(パートナーは、ベン・ジャスティス選手) NWAブラスナックル選手権(フロリダ版) NWAフロリダヘビー級選手権:6回 NWAフロリダタッグ選手権(パートナーは、ペドロ・モラレス選手) NWAフロリダTV選手権 AWAサザンタッグ選手権:2回(パートナーは、ジミー・バリアント選手、ソールトレイン・ジョーンズ選手) NWAジョージアヘビー級選手権:2回 NWAジョージアタッグ選手権(パートナーは、ジェリー・ブリスコ選手) NWAメイコンタッグ選手権(パートナーは、ダニー・リトルベアー選手) NWA TV選手権:2回 NWAカナディアンタッグ選手権(バンクーバー版)(パートナーは、ドン・レオ・ジョナサン選手) NWAブラスナックル選手権(テキサス版) NWAテキサスヘビー級選手権:2回 NWAテキサスタッグ選手権(パートナーは、ホセ・ロザリオ選手) NWAアメリカスヘビー級選手権 NWAアメリカスタッグ選手権(パートナーは、アール・メイナード選手) NWA"ビート・ザ・チャンプ"TV選手権:2回 CWA/AWAインターナショナルタッグ選手権(パートナーは、ビル・ダンディ選手) NWAサザンヘビー級選手権(メンフィス) NWA USヘビー級選手権(サンフランシスコ版) NWA世界タッグ選手権(サンフランシスコ版):4回(パートナーは、パット・パターソン選手×3、ペッパー・ゴメス選手×1回) NWAポリネシアンパシフィックタッグ選手権:2回(パートナーは、リッキー・ジョンソン選手) NWAパシフィック北米ヘビー級選手権 NWAパシフィック北米タッグ選手権:2回(パートナーは、ブレット・ソイヤー選手、アイスマン・パーソンズ選手) WWFタッグ選手権(パートナーは、トニー・アトラス選手) この様に列記しますと本当に多くのタイトルを獲得しておりますね! 享年75歳 謹んで御悔やみ申し上げます 週刊プロレスのプロレスグランプリ 女子はSareee選手! やったね! 2位との差が318票 ダントツの1位! Sareee選手おめでとうございます 本当に本当に本当に嬉しい 東京スポーツ新聞社制定のプロレス大賞、女子プロレス大賞を逃した時は本当に悔しかったし、Sareee選手も悔しさを露にしておりました でも、これで2019年の女子プロレスラーで一番活躍した事が証明されたと思います いやー嬉しい 本当に嬉しい Sareeeちゃんありがとう ドクター・ハニバル選手がご逝去なされました ハニバル選手はレス・ソントン選手の指導を受けた後に、カナダにありましたNAWA(North American Wrestling Association)で1987年にデビュー その後、カナダのインディー団体で活動した後に、閉鎖直前のスタンピードレスリングに参戦するものの、僅か4ヶ月で閉鎖されてしまいました 1990年以降、カナダ各地にある団体で活躍し、1992年にFMWに初来日しております WWFにも一時参戦しておりましたね タイトル歴 CRMWミッドヘビー級選手権:2回 CRMWタッグ選手権:3回(パートナーは、カタナ選手、スティーブ・ワイルド選手、エリック・フリーズ選手) CAWF カンナムミッドヘビー級選手権 CAWFカンナムタッグ選手権:2回(パートナーは、スティーブ・ワイルド選手) 1月18日自家用車の中で亡くなったいる所を発見されたとのこと 享年56歳 謹んで御悔やみ申し上げます あと何試合観れるかな? なんだか急に寂しくなっちゃった 2020年5回目の観戦 HIRO'e選手引退ロードとしてSareee選手とのシングルマッチが組まれました! Sareee選手も3月よりアメリカを拠点とする為、おそらくこの1戦がラストシングルマッチになるでしょう Sareee選手とHIRO'e選手は、キャリアの差こそありますが、同い年という事もありお互いに意識していたようですね 試合は、HIRO'e選手が追い込む場面もありましたが、最後は裏投げからの片エビ固めでSareee選手の勝利! 試合後、笑顔で握手を交わす両選手 良い試合でしたね! 野崎渚&彩羽匠&響vs朱里&高瀬みゆき&進垣リナ戦 野崎選手と響選手が同じコーナーに立つのは感慨深いですね Reginaの野崎選手 前Reginaの彩羽選手 挑戦を表明している朱里選手 AWGチャンピオンの高瀬選手 試合後、朱里選手がアピール 野崎選手は「(挑戦表明)忘れてないよ」 高瀬選手がアピール 野崎選手は「チャンピオン同士でやろうと言った事忘れてないよ」 野崎選手の「彩羽選手今日は組んでくれてありがとう」に対して、握手するふりをして蹴りを入れる そこに宮崎有妃選手が駆け寄る ところが、野崎選手を持ち上げまさかのノーザンライトボム 「私も狙ってるから」と宮崎有妃選手も挑戦アピール 混沌として来ましたね 面白いやん 2020年4回目の観戦 ボビー・ケイ(テリー・マーチン)選手がご逝去なされました ボビー・ケイ選手は、全日本プロレス、国際プロレス(ジ・アトミックとして)、UWF無限大記念日に来日しました、レオ・バーグ選手の弟であります 兄であります、バーグ選手やレオンストミー・マーチン選手らとのタッグチームでの活躍が多くありました デビューは1967年 スチュ・ハート選手のテリトリーとして有名なスタンピード・レスリングでデビュー その後、カンザスシティに転戦し、デビューから僅か1年で、兄であるトミー・マーチン選手とのタッグで、NWA北米タッグ選手権(セントラルステーツ版)を獲得しました! その後もNWA各地区を転戦し、1980年には現役生活を終えたようですね 残念ながら来日経験はありません タイトル歴 AGPW 北米タッグ選手権(パートナーは、レオ・バーグ選手) NWAセントラルステーツヘビー級選手権 NWA北米タッグ選手権(セントラルステーツ版)(パートナーは、トミー・マーチン選手) ESAインターナショナルタッグ選手権:5回(パートナーは、レオ・バーグ選手×2回、ザ・ビースト選手×3回) NWAセントラルステーツTV選手権 インターナショナルタッグ選手権(スタンピードレスリング版):2回(パートナーは、レオ・バーグ選手) 享年70歳 謹んで御悔やみ申し上げます ミニカー好きでした 今でも見掛けると買っちゃいそうになりますが我慢してます(笑) トミカに限らず、各国のミニカー収集してましたね 300台くらいあったかな? 日本のミニカーと言えばトミカ 今年50周年を迎えたと! おめでとうございます 記念販売がいくつかあります トミカ50周年を記念して自動車メーカーコラボしたトミカなど様々な商品が登場! スープラ、シビック、GT-Rが特別デザインにて再現 トミカ50周年記念コレクション トミカ発売50周年を記念して企画した商品で、1970年に発売した初代のトミカ6車種を、現在のトミカに合わせた仕様・金型で再現したものが発売されている トミカ50周年ヒストリーセレクション トミカ誕生50周年を記念したシリーズ「トミカ50周年ヒストリーセレクション」が書店で発売される。本商品ではこの半世紀のトミカの軌跡をたどり、10年ごとの“今でも印象的な一台”をセレクトされており、本のように表紙が開く箱入り仕様となって発売される □販売スケジュール 価格:各1,000円(税別) ・1970-1979 Vol.1 2月発売予定 ・1980-1989 Vol.2 4月発売予定 (車種は3月発表) ・1990-1999 Vol.3 6月発売予定 (車種は5月発表) ・2000-2009 Vol.4 8月発売予定 (車種は7月発表) ・2010-2019 Vol.5 10月発売予定(車種は9月発表) ・2020 Vol.6 12月発売予定(車種は11月発表) Vol.1 トヨタ 2000GT パッケージイメージ 「トミカプレミアム RS トヨタ 2000GT」 『トミカリミテッド ヴィンテージ ネオ』シリーズ 1/64スケールミニカーブランド 「トミカリミテッドヴィンテージ ネオ LV-N205a 日産セドリック2000GL(茶・黒の2種)」 「トミカリミテッド ヴィンテージ ネオ LVN-204a 三菱コルト ギャランGTO MR(橙)」 「トミカリミテッド ヴィンテージネオ LV-N204b 三菱ギャランGTO MR(青)」 やっぱりトヨタ2000GTは格好良い! トミカって累積6億7000万台以上売れてるんですね! 計算上2秒に1台売れてる!!! トミカは独自のサスペンションが良いよね 久しぶりに欲しくなったわ! 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