1959年2月3日未明
アイオワ州クリアレイクでのツアー後搭乗したメイソンシティ空港発ミネソタ州ムーアヘッド行きのチャーター機が吹雪のために方向を失ってアイオワ州セロ・ゴード郡グラント郡区のトウモロコシ畑に墜落
チャーター機には、バディ・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ザ・ビッグ・ホッパー、パイロットの4人が搭乗
4人全員が死亡という痛ましい事故になりました
この時、バディ・ホリー22歳、リッチー・ヴァレンス17歳、ビッグ・ボッパーは28歳でした
この、3人の若きミュージシャンを悼み、またこの頃ELVISは徴兵され、リトル・リチャードはゴスペルしか歌わなくなったこと等を含め、後にリリースされたドン・マクリーンの『アメリカン・パイ』の中での「The Day the Music Died」(音楽が死んだ日)が定着しました
バディ・ホリーは日本ではマイナーな存在かも知れないですね
そんな今日
小岩ジョニーエンジェルで、バディ・ホリーのインパーソネーター、永心さんがライヴを行います
バディ・ホリーを知っている方も知らない方も是非!
CZW(コンバット・ゾーン・レスリング)やXPW(Xtreme Pro Wrestling)、大日本プロレスなどで活躍しましたジャスティス・ペイン選手がご逝去なされました
ペイン選手は、1996年デビュー
2007年には現役を終えております
その間、CZWで数々のタイトルを獲得
CZWと提携していた大日本プロレスにも来日しました
タイトル歴
BJW認定タッグ選手権(パートナーはワイフ・ビーター選手)
CZW認定アイアンマン選手権×2回
CZW認定世界ヘビー級選手権×5回
CZW世界ジュニアヘビー級選手権
CZW世界タッグ選手権×3回(パートナーは、1人で獲得、ワイフ・ビーター選手、ニック・ゲージ選手)
Triple Crown Championship(初代)
享年41歳
謹んで御悔やみ申し上げます
プロレスリングNOAHが、サイバーエージェントに全株を譲渡し、正式にサイバーエージェントの連結子会社になることを発表
正式には、ノア・グローバルエンターテイメント株式会社の全株を株式会社サイバーエージェントが取得したという事ですね
サイバーエージェントが全株を取得する前は、リデットエンターテインメント株式会社が75%の株を持っており、ノア・グローバルエンターテイメント株式会社はリデットエンターテインメント株式会社の子会社だったという事ですね
この、リデットエンターテインメント株式会社という会社は、吉田光雄氏が取締役会長に就いております
吉田光雄という名前に聞き覚えがあるでしょう
そう、長州力選手です
今回、どのような経緯でサイバーエージェントが全株取得、ノア・グローバルエンターテイメント株式会社がサイバーエージェントの連結子会社になるという事になったのかは分かりませんが、サイバーエージェントは既にDDTを傘下に納めておりますので、DDTともグループ化したという事になりますね
で、ノア・グローバルエンターテイメント株式会社の新社長に就任したのは、DDTの代表取締役社長でもある高木三四郎選手
これにはビックリしましたね
この先、NOAHがどのように変わっていくのか?もしくは変わらないのか?
良い方向に転換する事を切に希望致します
正式には、ノア・グローバルエンターテイメント株式会社の全株を株式会社サイバーエージェントが取得したという事ですね
サイバーエージェントが全株を取得する前は、リデットエンターテインメント株式会社が75%の株を持っており、ノア・グローバルエンターテイメント株式会社はリデットエンターテインメント株式会社の子会社だったという事ですね
この、リデットエンターテインメント株式会社という会社は、吉田光雄氏が取締役会長に就いております
吉田光雄という名前に聞き覚えがあるでしょう
そう、長州力選手です
今回、どのような経緯でサイバーエージェントが全株取得、ノア・グローバルエンターテイメント株式会社がサイバーエージェントの連結子会社になるという事になったのかは分かりませんが、サイバーエージェントは既にDDTを傘下に納めておりますので、DDTともグループ化したという事になりますね
で、ノア・グローバルエンターテイメント株式会社の新社長に就任したのは、DDTの代表取締役社長でもある高木三四郎選手
これにはビックリしましたね
この先、NOAHがどのように変わっていくのか?もしくは変わらないのか?
良い方向に転換する事を切に希望致します
あの日
T氏からの知らせで、報道よりも早く馬場選手の訃報を知りました
直ぐに、友人のAの職場(当時は携帯電話を持っていなかった)に電話し、その旨を伝えた
Aは「思わしくないとは聴いていたが・・・」少しの間を置き「相当悪かったんだね。悲しいな。知らせてくれてありがとう」と、電話を切った
あれから21年
馬場選手のライバル達も鬼籍に入られたり、リングを降りてしまいましたね
ブルーノ・サンマルチノ選手も2018年にご逝去なされ
ザ・デストロイヤー選手も昨年ご逝去なされました
NWA世界ヘビー級選手権を争った、ハーリー・レイス選手も昨年逝ってしまったし、ジャック・ブリスコ選手も2010年にお亡くなりになられた
ジン・キニスキー選手も2010年にお亡くなりになりました
ボボ・ブラジル選手も馬場選手より1年早く1998年鬼籍に入られました
フリッツ・フォン・エリック選手も1997年にお亡くなりになっております
スタン・ハンセン選手は、2001年に引退し、アブドーラ・ザ・ブッチャー選手は昨年引退セレモニーを行いました
PWF(世界)ヘビー級選手権の初代チャンピオンとして防衛戦を行った際の対戦相手でご存命なのは
ドリー・ファンクJr選手
テリー・ファンク選手
クリス・マルコフ選手
バロン・フォン・ラシク選手
ケン・パテラ選手
アブドーラ・ザ・ブッチャー選手
スタン・ハンセン選手
の、7名のみになりました
時の経過を感じます
画像に馬場選手と一緒に写っている元子夫人も2018年にご逝去なされました
改めて馬場選手の記録を見ますと、やっぱり日本人プロレスラーとしたは抜きん出てますよね
主な記録は
インターナショナル選手権(第3代・第5代・第7代)21回防衛・18回防衛・10回防衛
ワールドリーグ戦優勝6回
NWA世界ヘビー級選手権3度獲得
PWF(世界)ヘビー級選手権(初代・第5代・第7代・第9代)38回防衛・15回防衛・3回防衛・3回防衛
チャンピオンカーニバル優勝7回
力道山先生の記録を上回っている物もありますね
インターナショナル選手権は、力道山先生が20回、馬場選手は最初に獲得した時に21回
ワールドリーグ戦(力道山先生時代はワールド大リーグ戦)は、力道山先生が5回優勝、馬場選手は6回優勝
21年かあ
早いなあ
前日、アメリカ行きを発表したSareee選手
この日は、梅咲遥選手を従え、DASH・チサコ&愛海組と対戦
久しぶりに丸腰のSareee選手を見て、寂しさを感じたのは、チャンピオンベルトがなかった事への思いなのか、それともアメリカ行きに対しての寂しさだったのか
現ジュニアチャンピオンの愛海選手が対角線にいる中、梅咲遥選手としては爪痕を残したいところ
結果はチサコ選手のホルモンスプラッシュを喰らい3カウントを許してしまいましたが、キャリア以上のポテンシャルを持つ梅咲遥選手は、十分過ぎるくらいの爪痕を残したと言えます
近い内のタイトルへの挑戦権を得るでしょう
メインイベントは、ノン・タイトルで、橋本千紘vs朱里戦
7分17秒という短いタイムで完勝したのは朱里選手!
当然、タイトル挑戦をアピール
3月8日、場所は同じ新宿FACE
チャンピオンベルトを腰に巻くのは朱里選手か?
連敗は許されない橋本選手か?
楽しみな1戦ですね
2020年3回目の観戦













