パンピロ・フィルポ選手がご逝去なされました
フィルポ選手は、所謂原始人キャラの草分け的存在であり、出身地のアルゼンチンでデビュー
その後(1957年)イワン・ザ・テリブル名義でテキサス東部に進出
同年、早くもドン・レオ・ジョナサン選手を破り、NWAテキサスヘビー級選手権を獲得しております
その後、WWWF設立前のニューヨークに転進し、ここでパンピロ・フィルポに変名
その後、太平洋岸地域やロサンゼルスに入り、ロサンゼルスではWWA世界ヘビー級選手権の後継タイトルであるNWAアメリカスヘビー級選手権の初代チャンピオンになります
日本へは、1967年4月に日本プロレスに初来日
1968年8月、1970年4月にも日本プロレスに参戦し、67年70年の来日時には、ワールドリーグ戦にエントリーし、ジャイアント馬場選手やアントニオ猪木選手とも対戦しております
1980年には、全日本プロレスに来日
これが最後の来日となりました
その間、ハワイで(初代)ミッシング・リンクを名乗り、カーティス・イヤウケア選手、リッパー・コリンズ選手を破り、ハワイヘビー級選手権を獲得
その後、ニューヨークに戻り、ペドロ・モラレス選手のWWWF世界ヘビー級選手権に挑戦
その後はデトロイトのビッグタイム・レスリングに登場し、ボボ・ブラジル選手からUSヘビー級選手権を獲得しております
1974年には、ロサンゼルスに再び参戦し、ジョン・トロス選手を破り、アメリカスヘビー級選手権を獲得
1975年には、AWAに登場
76年にはデトロイトに戻り、ザ・シーク選手を破り再びUSヘビー級選手権を獲得
その後は、デトロイトに戻り、再びUSヘビー級選手権を獲得
カルガリーのスタンピード・レスリング、サンフランシスコ地区などでも活躍し、1979年にはプエルトリコのWWCに参戦し、ここでもアブドーラ・ザ・ブッチャー選手から、プエルトリコヘビー級選手権を獲得しております
1980年の全日本プロレス参戦後はセミ・リタイア状態になり、1986年10月17日に引退なされたようですね
タイトル歴
ネブラスカヘビー級選手権
ACCW(オール・カリフォルニア・チャンピオンシップ・レスリング)ヘビー級選手権
NWA USヘビー級選手権(デトロイト版):3回
NWAサザンタッグ選手権(ミッドアトランティック版)(パートナーは、ラリー・ハミルトン選手)
NWAハワイヘビー級選手権(ミッシング・リンク名義)
NWAハワイタッグ選手権(パートナーは、ネフ・アルゼンチンマイアヴァ選手、ジム・ハディ選手(ミッシング・リンク名義)):2回
NWAアメリカスヘビー級選手権:3回(初代)
NWAアメリカスタッグ選手権(パートナーは、ジャック・エヴァンス選手)
NWAパシフィックノースウエストヘビー級選手権
NWAテキサスヘビー級選手権
NWA世界タッグ選手権(テキサス版)(パートナーは、トニー・ボーン選手)
WWCプエルトリコヘビー級選手権
享年89歳
謹んで御悔やみ申し上げます
チャーリー・クック選手がご逝去なされました
クック選手は、1970年代から1980年に掛けて、ミッドサウス・レスリングやジョージア・チャンピオンシップレスリングやフロリダ・チャンピオンシップレスリングなどで活躍なされました
1981年には、ドリー・ファンクJr選手を破り、2度フロリダヘビー級チャンピオンに輝いております
未来日選手ですのでファイトスタイルは分かりません
タイトル歴
フロリダヘビー級選手権:2回
NWA世界6人タッグ選手権(パートナーは、ジョージ・グラス選手&デニス・ホール選手)
NWAアーカンソーヘビー級選手権
NWAアラバマヘビー級選手権
WWCカリビアンヘビー級選手権
謹んで御悔やみ申し上げます
昨年11月末に一緒に韓国に行ったお仲間が昨年末にお亡くなりになられた
突然の訃報に唖然とするしかなかったですね
韓国旅行から僅か1ヶ月
お通夜に伺ってご遺影を見ても
「うそでずよ」ってニヤッとして出てきそうな感じだもんなあ
供花の数も会葬者の数も半端なく多くお人柄が表れておりました
もうこの世にいないなんて信じられませんが、どうか安らかに
ちっとも面白くないギャグ
もう一度聴きたかったな
謹んで御悔やみ申し上げます
早すぎだよ(涙)
突然の訃報に唖然とするしかなかったですね
韓国旅行から僅か1ヶ月
お通夜に伺ってご遺影を見ても
「うそでずよ」ってニヤッとして出てきそうな感じだもんなあ
供花の数も会葬者の数も半端なく多くお人柄が表れておりました
もうこの世にいないなんて信じられませんが、どうか安らかに
ちっとも面白くないギャグ
もう一度聴きたかったな
謹んで御悔やみ申し上げます
早すぎだよ(涙)
獣神サンダー・ライガー選手が、1月4日東京ドーム大会に於いての、獣神サンダー・ライガー&藤波辰爾&タイガーマスク&ザ・グレート・サスケwithエル・サムライvs佐野直喜&大谷晋二郎&高岩竜一&田口隆祐with小林邦明戦、翌5日同じ東京ドーム大会での、獣神サンダー・ライガー&佐野直喜vs高橋ヒロム&リュウ・リー戦の引退試合を終え、そして6日の大田区総合体育館での引退セレモニーを終え、獣神サンダー・ライガーとしての31年間の現役生活にピリオドを打ちました
素顔時代を入れると、36年もの長きに渡り現役生活を送って参りました
ライガー選手のデビュー戦観戦したなあ!
vs小林邦明戦
デビュー時は獣神ライガーでしたね
素顔時代の、第2回ヤングライオン杯優勝決定戦、vs後藤達俊戦も旧東京体育館で観戦しました
もうね
ライガー選手の功績は皆様が周知している事でしょうから省略しますが、本当に素晴らしい実績と、特にジュニアヘビー級に於いては新日本プロレスのみならず、日本、いや世界的な活躍と功績を残されましたね
そして
ライガー選手の引退試合に出場した、佐野直喜(巧真)選手も試合翌日に引退を表明
近年は飲食業に従事しており、セミ・リタイア状態ではありましたが、ライガー選手の要望に応える形で、最後という覚悟で東京ドームのリングに上がったのでしょう
結果的とはいえ、ライガー選手と佐野選手の引退試合が同じ試合であると言うことにお二人の運命を感じますね
ライガー選手
佐野選手
大変お疲れ様でした
そして、ありがとうございました
両選手のこれからの人生に幸多かれと祈念致します
映画好評のようですね!
題名を見た時に「ん?これってGT40の話?」って思って
で、調べたら(友人がw)やっぱりそう!
端的に言えば、フォードがフェラーリを買収しようとしたんだけど、スクーデリア・フェラーリ(フェラーリ社が運営しているワークス・レーシングチーム)を手放したくなかったエンツォ・フェラーリ氏は土壇場で破談にした事で、ヘンリー・フォード2世氏は、自らのチームを作り、フェラーリを打ち負かす事を決意
3年越しでフェラーリを破ったのがGT40
当時(60年代)、サーキットでの活躍は、メーカーの販売数に直結しておりました
この、GT40の活躍により、アメリカではマッスルカーブームの一役をかったのは間違いないでしょうね
スポーツカーにはあまり興味ありませんが、ちょっと見てみようかなあ!












