齢三十一歳。趣味を読書に改めることにした。

いままでの趣味といえば、野球、サッカー、ゴルフ・・・

夢がない。

この手の趣味は若い頃には夢や希望に溢れていたのかもしれないが、
三十を超えた辺りから徐々に違和感を覚え始めてきた。
いやもちろん好きは好きなのだが、いまとなっては夢も希望もない。

遠投で150m投げようが、リフティングを10,000回できようが、
アンダーパーでホールアウトできようが、1円にもなりはしない。
もちろん、ここであげたことは何ひとつとして出来ないのだが・・・

やっぱり男三十を過ぎたらもっと知的に過ごさねば。

知的といえばメガネと読書だ。

メガネは既に若かりし頃にクリアしている。
漫画を読みすぎたのだ。たぶん漫画を読みすぎても目は悪くならないのかもしれないが、
猫背で不精な私は、寝たままの状態で漫画を読み続けた。
寝たままの状態で漫画を読むといってもいろんな姿勢がある。
うつぶせスタイル、仰向けスタイル、横向きスタイル・・・
しかしどれにも共通して言えることは、漫画と目の位置はひどく近い。
しかも、寝ながら漫画を読むものだから、何時間でも何日でも読み続けられることが可能だ。

そしてもうひとつの条件。これが揃えば知的条件をすべて揃えることができる。
世間でも胸を張って、「私は知的だ」と公言することが可能だ。

目標は年間100冊の読書。

これを日で計算すると、3日に1冊・・・

「読む」ことがひどく遅い私にそれは無理だ。きっと無理だ。
漫画を読むのとはわけが違う。
もちろん漫画も読書だし、日本が世界に誇る立派な文化だとは思う。
ただ私の求める読書とはもっと知的なものなのだ。
残念ながら活字が必須条件だ。
そうなると3日に1冊・・・非常に厳しい目標だ。

まずは速読の本から読み漁ろうか・・・
ミー法 第4条

「手洗い・うがいは徹底すべし」

帰宅後の手洗い・うがい。

一見するとどこの家庭でも当たり前のように聞こえるこの言葉だが、
我が家のそれはどこにでもあるそれとは若干異なる様相を見せる。

決定的に違う点。それは監視がつくことだ。

「監視」という言葉を聞いて誰もが思い浮かべる物理的な「監視」の日もあれば、
耳を研ぎ澄ませ、感覚を研ぎ澄ませ、手洗い音、うがい音からそれらの作業音が正しく、確実に行われているかを察知する日もある。

物理的な監視の方法は至って単純だ。

洗面所についてきて、横または背後から覗く。

その行為が妻の意にそぐわない方法で行われいるのを確認した場合、即座にやり直しを強制する。
ときには、「手洗いはこう!うがいはこう!」と実践して見せてくれるのだ。
これまでその実践演習を間近で見たのはゆうに10回を超える。
いい加減に見飽きた頃、目をそらす愚行を行ってしまったことがあった。
すると妻はこちらを鋭い目つきで睨みつけ、こう言った・・・
「どこ見てんのよー!」

妻が後ろについてこなかったといって、油断することは禁物だ。

洗面所とダイニングとは扉を一枚はさんで存在する。
この扉は手洗いうがいの行為に及ぶ際、閉じることを
原則許されていない。
扉は開けたままが基本だ。

隣の部屋では常に妻が耳を澄ませている。

視界に妻が存在しないことで、つい気の緩みんでしまうときがある。
蛇口を捻り、手を洗い、石鹸をつけて、そのままうがいへ
これを一回の蛇口アクションで行う。
するとすばやく近づくるものがいる。妻だ。
隣の部屋から颯爽と現れ、蛇口を止める。そしてこう言い放つ。
「止めろっつーんだよ」

ときには一回の蛇口アクションにより、手洗いうがいを瞬時に行う。
この場合、水道音を察知してか、こんな指摘が入る。
「一回の蛇口アクションで、ちゃんと手が洗えてるだなんて思うなよ?」
それ以来、私は少なくても2回は蛇口アクションをするようにしている。

ただしこの耳ジャッジにおいては、気の短い妻のほうもいくばくかのリスクを背負う。
「フライング・ジャッジ」だ。

少なくても2回の蛇口アクション。(蛇口の開け閉めで1アクション)
私はこれを忠実に遂行している。

蛇口を開ける・・・
手を濡らす・・・
蛇口を閉める・・・

さて、手に石鹸をつけようしたその瞬間だった。

妻は隣の部屋からこう言った。
「もう終わりする気か?!!」

いやこれからですけど・・・

完全なるフライングだった。


ミー法 第3条

「エアコンはサーキュレーターと併用すべし」





「暑いんだったらクーラーつけてもいいんだよ」

リビングでひとりくつろいでるところだった。室温は30℃に届くかどうかといったところか・・・
まあ暑いと言えば暑い。かと言って我慢できないかというとそういう訳ではない。
私は妻の許可なくエアコンをつけない。結婚してからこれまで、許可なくエアコンをつけたことはない。
ゆえに妻の指示なく、エアコンのリモコンに触れることはない。

「暑いんだったらクーラーつけてもいいんだよ」

これは要約すると「アチーからクーラーつけろ」と言う意味だ。

私は指示に従い、クーラーをつける。

しばらくして、私はパソコンを使うため、リビングを離れた。
すると入れ替わりに妻がリビングへと入った。

と、そのとき・・・

「だからよぉー・・・」

だから??「だから」から始まる文章は基本的にはないと思うんだが、なにが「だから」なのか?

「クーラーつけんだったら、サーキュレーターはセットだろうがぁ」

初耳だ。いよいよもって「だから」の意味がわからない。
だが、まあ言わんとしたいことは分かる。

「へいへい」

私は言った。

「『へい』じゃねぇ」

妻は言った。

「はいはい」

私は言った。

「『はい』は一回」

妻は言った。

と、小学生バリのこんなやりとりが、週に1~2回行われる。