朝、登山に出かけようとして
え? 財布がない。
・・・昨晩泥酔して乗った電車に置き忘れたに違いありません。
最悪の事態を想像しながらJRに電話すると
あ~○○さんですね、とのんびりした係員の声。
「逗子駅でお預かりしてます。」
というわけで、
きょうの行き先は急遽、逗子に変わりました。
名越(なごえ)の切通し。
鎌倉時代に開かれた道がそのままの姿をとどめています。
まんだら堂跡。
同じく鎌倉時代の遺構(集団墓)です。
800年前に、全国から鎌倉に集った武士たちが、
出身地の墓をこの地に分骨し、先祖を偲んだのだそうです。
丘という丘がリゾートマンションに彩られている小坪の街。
逗子マリーナのことし10月からの新メニュー、
シラスバーガー。
ちょっと生臭い、猟師町ならではの素朴な味のバーガーです。
あたたかい小春日和の一日、
財布を忘れるほどの泥酔から一転して
実にさわやかな秋の一日となりました。
小坪漁港には、おこぼれを狙ったトンビが旋回中。
あのマリーナがせっかくの景観を壊しちまって
・・・まあ、時代の流れだからしょうがないがね。
住人と思しき老人が、そう話しかけてきました。
遊び心に富んだ収集家は
閑静な住宅地にもいるようです。
披露山からのぞむ葉山・森戸海岸。
七曲りから見下ろす、逗子市街。
快晴の晴天の下、逗子の家々は
地中海のそれのように白く輝いていました。
「国」の慰霊の場所としては靖国神社がよく知られていますが
「都」の慰霊の場所といえばここ。
東京に生まれ育ちながら、私はこの場所のことを知りませんでした。
太平洋戦争で亡くなった10万余の都民が無縁仏として安置されています。
ほとんどが1945年の、あの3月10日の犠牲者だそうです。
しかもこの場所は、
さらに遡ること22年前の関東大震災で、
逃げこんだ4万の被災者が炎に巻かれて絶命した場所。
震災と戦災、
あわせて15万柱もの遺骨が眠る場所です。
重陽の節句につきものの菊。
慰霊の花、でもあります。
そのすべてを目撃してきた大木。
当時を知る人間は、もうごくわずか。
大相撲の殿堂、国技館。
そののすぐ裏手に、
遠ざかる昭和の記憶がたたずんでいたのでした。
墨田区横網2-3 横網町公園内

































