「人の価値は葬式に来た人数で決まる」

 

そんな言葉に出会ったことがあります

ずっと昔のことです

 

そして、さっき検索したら

「名言」として紹介されてました。

 

 

お葬式に沢山来てくれるなら

良い人生だったのだろうな

その結果が

お葬式の参列者数に出るのだろうな

 

大切な人が旅立つときは

自分もそこに立ち会いたい

 

大切な人のお葬式が寂しいと

自分も寂しく感じる

 

お爺ちゃんのお葬式には

とってもたくさん来てくれて

やっぱりお爺ちゃんは立派な人だった

 

 

そんな気持ちは私もあります。

 

そして、「はてな?」

もあります。

 

 

それは

 

わざわざ誰かの言葉を選んで

その上げ足をとるわけですが

 

人や人の人生の価値を

 

お葬式で考えるのはやめようよ!です

人や人の人生の価値をお葬式で測ったら
自分や自分の人生の価値もお葬式で測る?

お葬式に沢山の人に来てもらうために生きれますか?

 

自分のお葬式に集客する

人生その時間

もったいなくないですか?


自分の最後のイメージは
「遠くの惑星を探索中に一人力尽きる」

(SF小説の読み過ぎ)

なので、「畳の上で死ぬ」の反対で
(孤独死ですからお葬式もなし)


好きなことやって
ずっと夢中にやり続けていれば
その途中でいつか死ぬわけで


「死」や「葬式」になんてわき目を振らず
「人に認められたかなんて気にせず」


「冒険」や「好きなこと」を
夢中になってやり続ける


そういう生き方に価値を置きたいと
思うのです。

そして誰でもできると、
思うのです

 

 

「そうやって生きてこそ人類の為になる」

は昨日のブログ⇓

人類の進化を握っている

 

 

 

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