5人組バンド・BUCK-TICKのボーカル、櫻井敦司さんが10月19日、脳幹出血のため死去しました。
57歳でした。
同バンドの公式サイトで発表されました。
櫻井さんは19日、KT Zepp Yokohamaで行われたコンサートで体調不良を訴え、公演を中止していました。
櫻井さんは直後に救急車で病院に搬送されました。
所属レコード会社は「意識はあるが、大事を取って搬送しました」と状況を説明しました。
しかし、そのまま帰らぬ人となってしまいました。
同サイトは「故人の冥福を祈りつつ、ここに謹んで御通知申し上げます」とつづっていました。
この日のコンサートはファンクラブ会員限定で、鑑賞した女性ファンによると、1曲目「SCARECROW」を歌い終わった際、ステージ上の階段でふらつき転倒。
体勢を立て直して3曲目まで歌い切ったが、その後スタッフを呼んで2、3分話し込み、肩を借りるなどして歩きながらステージ袖に消えました。
客席からは「あっちゃーん」「櫻井さん」などと声援が飛んでいました。
しばらくして場内には「本日はここで中断します」とアナウンスが流れたが、客席に混乱やブーイングはありませんでした。
女性は「ゆっくり休んでいただき、また元気なあっちゃんに会いに行きたいです」と回復を願っていたが、叶いませんでした。
翌20日の同公演も中止となりました。
翌20日には櫻井さんはすでに亡くなっていたが、葬儀を終えてから公表されました。
BUCK-TICKは10月26日の愛知公演、10月28日の福岡公演、11月3・4日の大阪公演、11月18・19日の東京公演、そして12月29日には日本武道館公演が控えていましたが、全て中止になりました。
今年はデビュー35周年で精力的に活動を行い、9月には故郷の群馬音楽センターにて35周年を締め括るコンサートを行いました。
そして36年目を歩み始めた矢先でした。
櫻井敦司さんは1966年3月7日生まれ、群馬県藤岡市出身。
前身バンドを含むインディーズ時代から、BUCK-TICKはハードコアパンクバンドとして注目を集めました。
1987年にビデオ「バクチク現象 at LIVE INN」でメジャーデビューすると、高い音楽性と櫻井さんらの長髪を逆立てたビジュアルで人気になりました。
1988年にはシングル「JUST ONE MORE KISS」をリリースし、同年第30回日本レコード大賞新人賞を獲得。
1989年には東京ドームライブを開催しました。
1990年「悪の華」など多くのヒット曲を出しました。
作品の名称通り、ボーカル櫻井さんのカリスマ的な魅力もあり、その勢いは「バクチク現象」と呼ばれました。
櫻井さんは2004年からソロとしても活動しました。
2013年にはBUCK-TICKデビュー25周年を記念した初ドキュメント映画「劇場版BUCK-TICK~バクチク現象~」が公開されました。
BUCK-TICKはいずれも群馬県出身の櫻井敦司さん、ギターの今井寿さん、星野英彦さん、ベースの樋口豊さん、ドラムのヤガミ・トールさんの5人組です。
「群馬の3B」の一角として、群馬県が輩出したロックバンド「BUCK-TICK」。
1984年春に結成された「非難GO-GO」を前身とし、翌1985年に現メンバーでBUCK-TICKを結成。
インディーズ活動を経て、1987年にメジャーデビューを果たしました。
デビュー当時は、急進的なハードコアバンド「ザ・スターリン」のカバーバンドで、服装とメイクを取り入れていました。
1989年にリリースした4枚目のアルバム「TABOO」でチャート第1位を獲得。
パブリックイメージとして定着している「バブル期」の音楽性は、櫻井さんの志向を反映したゴシック・ロック色が強いです。
1980年代後期のバンドブーム期から、1989年にメンバーの今井さんがLSD所持で逮捕された「謹慎」として約半年間活動休止したが、解散することなくメジャーで活動を続けており、メンバーの脱退や加入などもメジャーデビュー以降一切行われていません。
後のビジュアル系バンドやミュージシャン達に多大な影響を与えました。
代表曲は「悪の華」「JUPITER」。
「群馬の3B」とは群馬県出身者を中心とした「三大バンド」。
BOOWY、BUCK-TICK、back numberの頭文字の「B」を取って「3B」と言われ、世代を問わず県民に愛され続けてきました。
ネット上でも57歳という若さでの突然の悲報に「群馬の3Bの先輩が…まだ若いのに」「群馬の3Bのひとつ、群馬の誇り」「あまりの突然の訃報に驚くばかり。BOOWY、BUCK-TICK、backnumber。クラシック音楽でいうドイツの3Bほど世界的ではないけれど誇り高き群馬の3B」「若すぎる」「今衝撃すぎて言葉がない」「ウソでしょ…」などショックを受けたコメントと追悼メッセージが続々と寄せられていました。
櫻井さんは芥川賞作家の遠野遥さんの実の父としても知られています。
長男の遠野遥さんは2019年に作家デビューし、2020年「破局」で平成生まれ初の芥川賞を受賞しました。
同年の文芸誌の対談でお互いが親子であることを公表しました。
遠野さんが1歳のころ櫻井さんが離婚し、共に過ごした時期は長くはなかったが、対談では「遠野先生」「櫻井さん」と呼び合いながら、お互いの創作活動に敬意と愛着を示していました。