東京オリンピック・パラリンピックが57年ぶりに東京で開催され、さらなる注目を浴びる日本スポーツシーンですが、前回の東京大会以降、日本のマンガ・アニメではいわゆる「スポ根」と呼ばれるジャンルが黄金期を迎えました。
当時は過酷なスパルタ指導は当たり前。
休まず練習を求められ、水は飲むなの考えが一般的で、運動部に求められたのはとにかく根性! の世界でした。
今では圧倒的に許されない世界線ですが、そんななかで数々の名作が誕生しています。
例えば野球マンガの金字塔「巨人の星」は1966年から「週刊少年マガジン」で連載され、1968年にアニメ放送(読売テレビ)もスタート。
スポ根作品の代表作でもある「巨人の星」は、主人公の星飛雄馬がかつて巨人軍の選手だった父・一徹から英才教育を受け、“巨人の星”を目指すストーリー。
英才教育と言っても、その内容はかなりハードなことで有名です。
厳しい練習はもちろん、お茶碗を持つことも困難な「大リーグ養成ギプス」の着用を義務付けるなど、一徹は厳しい父というイメージが浸透します。
そもそも飛雄馬に常人以上の根性が求められていたのは“曲”からも明らかです。
アニメ版オープニングテーマの「ゆけゆけ飛雄馬」の歌詞を見ると……、
「行くが男のど根性」、「勝利の凱旋をあげるまで 血を汗流せ 涙ふくな」、「やるぞ どこまでも命をかけて」。
“まるで軍歌”とも言われるほど、ハードな言葉が続いています。
しかし、厳しすぎる練習を強いるのも息子への愛ゆえ。
良くも悪くも迷いがない父を飛雄馬は慕っていたのでしょう。
そして何より、「巨人の星」が読者に与えた影響も計り知れません。
この作品の影響で数多くの野球少年が生まれ、「巨人の星」は人生を教えてくれたと語る人もさえも。
その証拠か、一徹は「マガジン」内にて「星一徹のモーレツ人生相談」というコーナーを持っていたこともあります。
「マガジン」読者から寄せられたお悩みを「くだらん!」と一刀両断する姿はまさに人生の師でしょうか。
「巨人の星」と同時期に大ブームを起こしたスポ根作品がもうひとつあります。
1968年から「週刊マーガレット」で連載された「アタックNo.1」はバレーボールをテーマにした少女マンガで、主人公・鮎原こずえが、資産家令嬢の早川みどりやキャプテンの大沼みゆきたちと共に数々の強豪チームと戦って行く物語です。
アニメ版放送(フジテレビ)のほか、2005年にはテレビドラマ化(フジテレビ)もされるなど時代を超えて愛されている作品です。
「巨人の星」では鬼の父親でしたが、こちらは“鬼コーチ”が印象的な作品です。
端正なルックスだがかなりの熱血漢である本郷俊介、ヒゲ&サングラスという強面の猪野熊大吾など容赦ない指導者が登場。
コーチが繰り出すサーブを、アザだらけになりながらレシーブする姿は視聴者の方がつらくなるほどです。
鬼の特訓で当時の子供たちに衝撃を与えた作品ですが、1964年の東京オリンピックで日本女子バレーボールチーム「東洋の魔女」が金メダルを獲得したこともあり、ドラマ「サインはV」(TBS)などと共に一大バレーボールブームを巻き起こし、競技人口拡大にも貢献した作品でした。
「サインはV」は「週刊少女フレンド」に連載された少女マンガが原作で、「アタックNo.1」に対抗する形で連載されていました。
“鬼コーチ”といえば、1973年から「週刊マーガレット」で連載されていた「エースをねらえ!」の宗方仁もそのひとりです。
同作は平凡なテニス部員だった岡ひろみが、コーチの宗方仁の猛特訓により才能を開花させて行くストーリーです。
宗方コーチに才能を見出された岡ひろみは、時にマンツーマンの厳しい特訓に耐えながら、一流選手へと成長していく姿には多くの人が勇気と感動をもらったことでしょう。
「エースをねらえ!」も現在活躍する多くのプロ選手たちに影響を与えており、松岡修造さんは「メンター(指導者)のような存在だ」と語っています。
昭和の時代は上記3作や「タイガーマスク」「空手バカ一代」「キックの鬼」「侍ジャイアンツ」「男どアホう甲子園」「あしたのジョー」などのように「自分との戦い」を重視した作品が多かったのに対して、昭和後期から平成にかけては「ドカベン」「キャプテン」「キャプテン翼」「SLAM DUNK」「蒼き伝説シュート!」「ダイヤのA」「はじめの一歩」「テニスの王子様」「ハイキュー!!」「黒子のバスケ」「弱虫ペダル」「おおきく振りかぶって」など“友情”要素が強いものが主流になっています。
今や貴重なスポ根作品ですが、努力の積み重ねが大きな成長ドラマを生み出す過程も魅力的なジャンルです。