【余談】
前回の記事で、主人の転勤の話を書き、まだ解らないままなんだが、子離れ出来ない姑が知ったら、寝込むんではないか、と思う。
主人の母、姉弟達、次男嫁も、主人に頼ってて、姑からしたら、優しく、自慢の長男だから、「それやったら、会社辞めろ」と言いかねないな…
主人が借金した時も、自慢の長男だから、きっと心配性の姑は、寝込むと思い、私は、次男嫁しか話さなかった。
どうなるかは、また、解り次第、報告します。
で、本題です。
次男とは4年違い。
実は、女の子が欲しくて、ちまたの情報を元に頑張った結果、運良く女の子を授かった。
私34歳での、妊娠、出産になるのだが、
妊婦の間は、とにかくしんどかった。
もう、これで、子供産むのは無理だと思った。
つわりは、やはり辛く、何が一番辛かったかというと、主人の弟(次男)夫婦が、姑の家を建て直し、同居するまで、うちの3LDKのマンションに、姑と三男(独身の弟)が住んでいて、各人に一部屋ずつ割り当て、私ら夫婦と子供二人は、6畳の和室で寝ていた。
別に、それはいいのだが、いつもの如く、つわりで、食事作りが限界に達し、
主人から姑に、
「つわりで、御飯作れないから、お義母さんに、作ってと頼んで欲しい」とお願いした。
主人に言うのも、勇気がいった。
でも、主人は姑に話してくれた。
この時で、姑74歳。
姑は、昔から、たぶん料理が面倒だったと思う。
主人と結婚前の挨拶の時に、
「この子は、ええもん(美味しい食べ物)食べさせてないから、食事に関しては、文句言わずに育ってるから、楽やで」と言われた。
確かに、その通りだ。
そして、頼んだ初日は、近所のお好み焼き屋から注文配達した。
二日目、近所の寿司屋から、注文配達。
三日目、な、なんと

「あんたら、若いもんの、食べ物が解らんから、あんたら家族は、あんたらで、
私と三男は、私が作るから、別々にしよな」










えっ
まじで


一瞬我が耳を疑った。
主人に、「なんて、お義母さんに頼んでくれたん?」
「つわりやから、御飯作れんから、代わりに作ってと言ったら、わかった、って言ったで」
姑から言われた事を、そのまま主人に伝えると、
「えっ
」

で、一瞬固まってた。
私「もう、ええわ。作る気ないんやろ。
数日だけ作ったら、ええと思ってたのが、ずっとって解らんかったんちゃうか」
姑も、義姉も、つわりが全く無かったので、辛さが解らないのだ。
それからが、地獄だった。
料理を別々に作ることになったが、台所は一つ。
私が料理したい時間が、姑と常にかぶり、私が譲る。
おまけに、主人のおかずは作っても、
「あんたや、小さい子の食べるもんは、わからんから、これは、あの子(主人)に食べさせたって」

まじかっ





私はどうでもいいけど、孫より、息子か



これには、主人も驚いてた。
姑、炊飯器を持参してきて、自分の部屋
(元は私達の寝室で、ダブルベッドがある)
で、ドアを閉め切り、御飯を炊き、ベッドの上で、食事、おやつ等を食べ、三男は仕事か、遊んでから帰るのか解らないが、帰宅が深夜で、リビングで食べるから、隣の和室で、寝てる私達。
特に、私、つわりで、やっと眠りに落ちたと思ったら、又それで目が覚め、吐き、寝れない。
三男の仕事柄、夜中に職場からの呼び出しで電話がかかってくることも、度々あり、その頃は、携帯などないから、私が電話に出て、三男を起こす。
姑の家の建て替えまでの、しばらくの辛抱だと、我慢してたのだが、近所の人が、市役所に電話して「あそこは、私道やから、家建てるのおかしい」と苦情を入れたらしく、古い家の時も、その私道に建ってたし、たかだか、幅×道のりは、数メートル、
文句言う程の広さ違うやん



その為、建築の許可が降りず、知人の紹介で、ある方に動いてもらったら、一発で許可が降りた



姑、段々自分達の食事作りも面倒になったのか、いつしか、たまに近所に住む義姉に頼んで持って来てもらっていた。
そしたら、玄関で、二人でコソコソ私の悪口。
あの家族、内緒話ができない位、声がでかいんで、丸聞こえなんですけど~
もう、一人になる場所もなく、姑も家から一歩も出ないから、トイレにこもり、吐きながら、水流した音で、声を殺して毎日泣いた。
ノイローゼになりそうで、お腹の子が、無事に育つのか、心配した。
主人に「一緒に住んでたら、助け合うのが家族やろ?
もう、私、無理やから、二人どこか家建つまで、賃貸借りて出て行ってもらうよう、言ってくれへん?」
主人、きっぱりと、「それはできへん」と言った。
やっぱりな、自分の身内が大事なんやな。
もう、気が狂いそうだったので、実家の母に事情を説明し、鼻で笑われたが、上二人の息子を連れて実家に帰った。
長男は、幼稚園か保育園に通ってたので、母が(運転免許なし)電車で毎日送迎してくれた。
そのうち、上二人は、うるさいし、実家の両親も、ストレスがたまり、限界になり、父の血圧も上がり、
「もう、いい加減に帰って欲しい」と言われたので、数ヶ月の滞在で、
又、あの息苦しい我が家に帰った。
我慢した。
やっと家が建ち、そっちに帰って行った。
つわりの時の姑の仕打ちが、今も忘れられない。
(根に持つタイプの私)
それから、14年後のある日、
次男が高校受験の冬に、姑が、骨粗しょう症で背骨にヒビが入り、自宅で寝て過ごすしか無かったのだが、
痛いから、機嫌が悪く、文句ばかり言い、たまりかねた次男の嫁が、主人にずっと
「どうにかして欲しい」と電話がかかるし、姑も主人に電話するし、
行ける日は、毎日主人が行き、マッサージをしていた。
その頃は、私はもう病んでたので、関与しなかった。
鍼灸に行ったら楽になるから、次男嫁に仕事終わってから、連れて行ってもらってたようだが、いけない日は、うちに電話してきて、私も昼から仕事だし、タクシーで連れて行って欲しいと言うのだが、
そもそも、病院の待合室が満員な場合や、タクシーの空間がだめだし、年寄りに付き添わないといけないから、満員でも待合室にいなければならない。
断った。
主人にも話し、「行かなくてもいい。ほっといたらいい。自分がするから」と。
義姉は、唯一、姑にキツく言える人で、
「病院行って、どうもできへんねんから、嫁に迷惑掛けて、鍼灸行く必要ない
」と言われたから、内緒で頼んでくる。

今度は、自分の部屋が、襖なのだが、重くて開けると、痛いから、
「あんたに、迷惑掛けるから、あんたに言うけど、あんたのマンションに治るまで置いてもらえへんか?」
昔、うちで暮らしたイメージで言ってるのだろうが、子供3人が、高校、中学、小学生になり、各個室を与え、荷物も半端ない。
それを言ったら、
「リビングでもええから」
子供らは、個室は、勉強と寝る時、友達と遊ぶ時以外は、テレビがリビングしかないというのもあるのだが、ほとんど、リビングが家族の憩いの場になってる。
次男受験生、リビングは、特に思春期真っ盛りの長男がテレビも含め独り占め。
最初は、私も、つわりの時に突き放されたから、断ってたのだが、泣きながら何度もお願いされると、可哀想になり、
主人に相談。
主人は、姑がうちに来たいと言った事にビックリし、我が家の状況から見ても、
「絶対無理
ちゃんと断り、話す」と。

私の看護師の妹に、この事を相談した時、
「そんなもん、年寄りやから、いつ直るか解らんし、治っても、居心地いいからいつかれるで!
それに、ストレスで、お姉ちゃん余計調子悪くなるから、やめとき
」

と、喝。
結果、開けるのが重い襖を、軽く開けるように、主人が直し、問題解決。
痛くての、愚痴はしばらく続いたが、辛抱強く、主人が付き合い、暖かくなると同時に治っていった。
色々難しいね。
相手にした事は、結局、全て自分に返ってくるんだよ。
誰も見てなくても、お天道様は見てる。
お金、無くても困るけど、助けてくれる人が無かったら、もっと困ると、実感する。
つづく
またまた、長文を読んで下さり、ありがとうございます
