妻のまゆかは自分の服はさほど買わないのに、ぼくの身の回りには常に気を使ってくれた。襟元から手首までシワひとつなくアイロンのかけられた上質のYシャツ、折り目のきいたスラックス。結婚した今でも、後輩女子に憧れられているのは妻の手柄だ。


「わたし、生まれ変わっても、絶対、隼人の奥さんね。隼人は?」

「あ、あ、もちろんぼくだって」


そんなまゆかが二ヶ月前に事故にあった。

自転車に乗っていて、後ろから来る車に引っ掛けられた。打ちどころが悪く、身体の表面には目立つ傷がないのに意識が戻らない。

ぼくは毎日、仕事帰りに病院に寄って目を瞑ったままの妻に話しかけた。


しばらくして彼女の意識が戻った。一人でも歩けるようになった。

夕方立ち寄った時に、病室を抜けて屋上の手すりにあごを乗せ空を見上げているのを何回か見かけた。本来は屋上には出られないはずだが、院長が幼なじみらしく特別待遇だ。

彼女は星に興味はなかったはずだが、でも素敵な新しい習慣だと思い、後ろから微笑んで見つめるぼくだった。


「生まれ変わったと思って接してくださいね」と幼なじみで男前の医者がぼくにいう。

大丈夫。なんたって、生まれ変わってもぼくとと言ってたくらいだから、ぼくに対する愛は揺るがないはず。


ところが困った。彼女は全くの別人になっていた。自分のことばかり

彼女はどんどん綺麗になった。髪はツヤツヤ、肌もハリが出て、ジェルネイルは欠かさない。洋服もよく買う。ただ好みが偏っていて、スタイリッシュな服とシルバーの大ぶりのイヤリングやブレスレットが増えた。

彼女に立ち替わって、ぼくの洗濯とアイロン掛け、整理整頓能力がぐんと向上した。


「どうやら妻は浮気をしている」


夜になると彼女は二十一階のうちのベランダに出る。こそこそ携帯を使っているらしく小さな話し声が聞こえた。

とうとうある夜更け、ぼくが堪りかねてベランダに出ると、妻が夜空に向かって手を差し伸べている。すると上空から銀色の細長い縄梯子が降りて来て彼女はそれを上って行く。

ドーム型の蓋が付いている超大型ドローンのようなものに吸い込まれるように消え、それごと雲の影に隠れた。


悪い夢かと思った。でも、翌日、ポストに紙飛行機に折られた彼女の手紙を認めた。


「ごめんなさい。私、どうやら道を誤ったみたい。ちょっと綾野剛に似ていて、住まいのインテリアはメタリック系で人が乗れるドローンを持ってるというので惹かれてしまったら、地球の人ではなかったみたい。いつ帰れるか分からないけど、生まれ変わっても次元を超えても、またあなたと結婚する」


やれやれ。空を見上げてぼくはため息をつきながらも、スラックスにアイロンを掛けようと部屋に戻った。次にまた彼女に会う時にカッコイイ男でいるために。