ずっと大切な Neverland diner | 不思議戦隊★キンザザ

ずっと大切な Neverland diner

ある日U子ちゃんが一冊の本を呉れた。読めということである。あまりにも分厚いので面食らったが、呉れるんだったらまあいいかな、と帰り際にノートPCと一緒にカバンに収めた。持ち上げたときちょっとヨロめいた。それが、こちらである。

 

Neverland diner

都築響一編

ケンエレブックス

 

サブタイトルは「二度と行けないあの店で」である。編集者の都築響一氏が「もう行けないけど思い出に残る料理店や飲み屋が誰でも一軒くらいあるだろう」と企画し、Webマガジンで連載されたものをまとめた一冊だ。

 


都築氏はこういうのが本当に上手い

 

ひとりひとりが記憶に残っている店についてコラムを書き、それが100人(厳密に言うと都築氏が2店紹介しているので実質99人)なので100店の思い出話が詰まっている本書は4センチという圧倒的な分厚さである。しかし1編が短いのでするすると読める。読書と言うより万華鏡、あるいはジェットコースターを楽しむ感覚に近い。

コラムを書いているのはさまざまな職業のひとたちで、たぶん都築氏の知り合だと思うのだが編集者やライター、写真家、タレント、イラストレーター、漫画家、作家、アーティストといった方々が自分だけのNeverland dinerの思い出を寄せている。それがてんでバラバラなのだ。バラバラの理由は以下だ。

 

ひとりひとりの記憶がすべて異なるように、100回の文体も、段落の区切り方、漢字や数字の使い方も、すべてばらばらだったが、それを統一することはやりたくなかった。なんだが、記憶の彩度やトゲをぼかしたり丸めたりしてしまう気がして。

(まえがきより抜粋)

 

そのばらばらが、とても良い。思い出を語っているひとの人柄というか、そのひとを形成している「核」となるものが凝縮されているように感じるからである。「あの店」の記憶を手繰り寄せて現れるのは間違いなくそのひと自身なのである。

そして紹介されている思い出の店のほとんどは有名店でもなんでもなく、近所の定食屋だったり喫茶店だったり一度きりしか訪れたことのない店だったりする。中にはぼったくりバー、インドの空港で空港職員が差し入れてくれた弁当、アパートの一室の闇ロシア食堂等々「いろんな店(思い出)があるもんだ」と感心するほどである。

そう、本書の神髄は「個人的な思い出」にあり、間違ってもグルメ的な指南書ではない。そもそも閉店してしまったりどこにあるのか分からなかったり思い出したくなかったりして「二度と行けないあの店」なのである。

 

時間軸はすべて過去。過去だから現在では職業的な肩書がついているほぼ全員が、まだ何者でもなかった頃に出会った「あの店」なのだ。そのせいだろうか、鬱屈や焦燥、あるいは能天気な屈託のなさが少しの微熱を伴って行間から溢れている。しかしそれは蜃気楼と同じで直に捕まえることは出来ない。なぜなら、過去だから。そこはかとないもの哀しさも同時に感じるのは二度と行けない店だからだろうか。蜃気楼のような「あの店」がひとりひとりの記憶の中で残り続けている。なんかいいな、と思った。

 

そこでマダムも自分の「あの店」はないかな、と考えた。うーん、思いつかない。なのでこれから「あの店」になりそうな店を開拓したいと思う。