優雅なる没落 山猫 | 不思議戦隊★キンザザ

優雅なる没落 山猫

ヴィスコンティの「山猫」を観てきた。原作者はシチリア貴族の末裔、ランペドゥーサ公爵である。
マダムは小説の「山猫」が大好きなのだが、格調高い野性味や南イタリアの渇いた空気、太陽のもとでの退廃を映像化するのは、いくらヴィスコンティといえども難しいだろうと思っていた。杞憂だった。
貴族の館を借り切ってのオールロケ、出来るだけ自然光で撮ったというフィルムはさすがヴィスコンティである。沈みゆく貴族社会の豪奢な退廃が、余すところなくフィルムに収められていた。

 

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19世紀中期、イタリアはまだ統一されておらず、小さな君主国(王国、大公国、公国など)が連なっていた時代である。18世紀後半にフランスで勃発した自由共和主義の熱波は欧州全体に拡がり、イタリア半島も例外ではなかった。
サリーナ公爵の屋敷は、地中海に浮かぶ島の高台に建っていた。豪奢な屋敷の礼拝室で家族そろっていつものミサを行っていると、急に外が騒がしくなった。どこから入り込んできたのか、屋敷の庭で王党派の騎兵が死んでいたのである。
約一ヶ月前にガリバルディの赤シャツ隊がシチリアに上陸し、ナポリ王の軍隊と激戦を繰り返している。革命は、対岸の火事ではなくなったのだ。
(当時シチリアと南イタリアは「両シチリア王国」という君主国であった。ガリバルディは革命軍なので反王党派)


サリーナ公は番人に死体を片づけるように言いつけ、部屋へ戻ったところに一通の手紙が届く。差出人は従兄弟であった。ガリバルディが上陸し身の危険を感じるので、一家揃ってイギリスへ亡命するという知らせと、亡命の勧めであった。それを読んだ公爵は一笑に付した。
しかし家の女たちは震えている。なぜならフランス革命以来(もう1世紀も昔の話なのに!)、貴族たちは怯えて暮らしているのだった。ただ貴族というだけで広大な領地と屋敷を乗っ取られ、代々受け継がれてきた骨董品や美術品を壊され、金目のものは奪われ、裁判もなく殺される。貴族側にとっては、これが革命以来の恐怖であった。(そして現実も大凡それに近かった)

 

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「家族」の見本のようだ


革命軍が上陸したというだけで、なんという怯えようだ!革命軍が上陸したからこそ、一族の宝である館を守るべきなのに、一家揃って亡命などとは!館をカラッポにすることは、どうぞ略奪してくださいと言ってるようなものではないか!
確かに時代は確実に変わってきている。公爵は頭ではそれを理解できるが、かといって屋敷や領地、小作人などを放って逃げることが得策だとは思わない。

 

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タンクレディ(左)はアラン・ドロン


翌朝、サリーナ公が部屋で髭を剃っているいるところに、甥のタンクレディが顔を出した。タンクレディの父親は公爵の弟である。しかし賭け事にうつつを抜かした弟は、たいした遺産さえ息子に残さず死んでしまった。以降、公爵がタンクレディの後見人となっていた。
今朝のタンクレディは妙な格好をしている。
「どうしたのだね、これから狩猟にでも行くのかね」
「叔父さん、お別れを言いに来ました。これから僕はガリバルディの軍隊に合流します」


なんと貴族であるタンクレディが、革命軍に入るというのだ。ガリバルディ率いる革命軍は貴族の敵だ。
なんたることだ!わが一族から謀叛人が出ようとは!一族の象徴である山猫の紋章に泥をかけるヤツなど、金輪際縁を切る!いますぐ出ていけ!裏切り者めが!
などとは、公爵はひとことも言わなかった。むしろ、気骨のある男だと頼もしく思った。実際、タンクレディの無遠慮な振る舞いや少々の自意識過剰さが一種の魅力となり、彼の若々しさを一層引き立てていた。

 

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ヤンチャな貴族役がぴったり

 

タンクレディはこれから戦場を目指すというのに、晴れ晴れとした表情をしている。彼は賭けている。この革命に、彼自身の未来を賭けているのだ。どうして反対できようか。公爵は、もう一刻も待てないといった様子で屋敷から出て行こうとしたタンクレディを呼び止め、幾ばくかの金貨を握らせた。

 

世間の空気は、確実にガリバルディ派の支持へ流れていた。

 

初夏。サリーナ公の一行は、乾いて砂塵の舞い上がる一本道を進んでいた。避暑のための別荘へ向かっているのである。不穏な時期の移動は、逃亡の容疑をかけられやすいため危険だが、別荘の滞在も貴族の大切な義務なのである。それに公爵は、タンクレディという切り札を持っていた。

案の定、一本道は途中でガリバルディ軍によって閉鎖されており、通行人の検閲が行われていた。だが恐れることはなかった。なぜなら、ガリバルディ軍から正式に発効された通行証を持っていたからだ。数日前、久々にタンクレディが帰って来たのである。

 

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ガリバルディの千人隊、別名赤シャツ隊

 

赤シャツを着こんだタンクレディは、片目を負傷していた。市街での戦闘でやられたという。名誉の負傷である。彼はひとりではなかった。将官と副官が一緒だった。将官が、サリーナ邸の天井画を拝見したいというのだ。サリーナ公は赤シャツの三名を丁重にもてなし、天井画の説明をした。

それから幾日か将官の訪問があり、いつしか親密な関係になっていった。ここにタンクレディと公爵の計算があったのは間違いない。

 

そのとき手に入れた通行証で、無事検閲もなしに通過することが出来、別荘のある村へ着いた。

小さな村は一行の到着を歓迎し、お祭り騒ぎであった。まずサリーナ公は歓迎の祝辞を述べ、洋服に付いた真っ白い砂塵さえ払うヒマもなく、一行揃って教会へ向かい、ミサに参加した。

この小さな村もガリバルディ派によって解放されていた。しかし公爵の別荘滞在は、昔から組み込まれている決まりのようなものだし、このあたりの領地はサリーナ家のものである。領地のひとびとと交流を続けることも義務なのだ。

 

夜は、町の有力者を招いての晩餐である。招待客は常に夫婦で招待されるが、村長のドン・カルジェロはひとりでやってきて、体調の悪い妻の欠席を詫びた。代わりに、娘がやってくるという。娘はアンジェリカといって、サリーナ一家も幼い頃のアンジェリカを知っている。既に招待客は集まりサロンで談笑していたところに、アンジェリカが遅れてやってきた。

サロンにいたひとたちは、アンジェリカを一目見て息を呑んだ。

 

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野性味あふれる美人

 

髪を結いあげ白いドレスを着たアンジェリカは、目を瞠るほど美しかったのである。日に焼けた肌に艶やかな黒髪。黒い瞳はまるでネコ科の動物のようだ。アンジェリカはサリーナ公へ招待の感謝を述べた。公爵の横では、タンクレディがそわそわしながらアンジェリカを見つめていた。

 

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憧れの晩餐会

 

晩餐が始まった。豪華な客室でひとびとは年代物のテーブルを囲み、次から次へと運ばれてくる料理を味わい会話を楽しむ。壁には絵画が何点もかけられており、天井にはシャンデリアが煌めく。給仕たちのサーブも完璧である。サリーナ公の風格、歴史が醸し出す屋敷の品格、もてなす側ともてなされる招待客、すべてが調和に満ちている。こういった調和は、一朝一夕で身に付くものではない。

 

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恋の予感

 

その調和を乱す、下品な笑い声が響いた。笑い声の主はアンジェリカであった。タンクレディの、これまた品に欠ける冗談を聞き、正式な晩餐の席にも関わらず歯を見せて大笑いしたのである。同じ場所にいた誰もが、アンジェリカの無作法に驚いた。

 

アンジェリカの父親は村長である。村長といっても階級など持たない、一般民衆である。村長のドン・カルジェロの噂は聞いていた。ガリバルディの勝利が確定した途端、いち早く革命軍に寝返った変わり身の早さは恥知らずもいいところだ。その上、革命を好機とみて、貴族への金貸業で成り上がった男だ。

貯めた金で土地を買いまくり、このあたりではサリーナ公に次いでの地主になっている。公爵の領地が切り売りされるとき、手に入れるのはこの男だろう。いまは小さな村の村長に過ぎないが、今後は身の程知らずの貪欲さで、もっと上の地位を狙うだろう。そしてそれはきっと達成されるだろう。
こういったカルジェロの恥知らずさ、貪欲さは、公爵にはないものだ。


カルジェロとサリーナ公。ふたりに共通するものは何もない。が、上手く付き合えばお互いの利益にはなろう。


しばらく前に軍へ戻ったタンクレディから、定期的に手紙が届く。今回届いた手紙は、いつもの手紙と違っていた。アンジェリカへの思いを切々と記してあり、彼女との結婚を望んでいるという内容であった。タンクレディがアンジェリカに惚れていることは、公爵も気付いていた。遅かれ早かれ、相談が来るものだと思っていた。
革命前であれば、こんなことは絶対に許されるものではなかった。なぜなら家柄が違うからである。だが、いまは昔と違うのだ。村も、風景も、この土地に住まうひとびとも、昔とはなんら変わらないように見えて、少しずつ何かが変わっているのだ。
その変化が良い方向へ向かっているのか、それとも自分たちには喜ばしくない方向へ向かっているのか、公爵はまだ理解しかねるが、これだけは言えるだろう。タンクレディにとっては、いまこの時代だからこそ、自らを試すことが出来る最良のときだということを。何かが大きく変わろうとするとき、その時代に合致した人物が必ず現れる。それは、時代に選ばれたといってもよい。そして時代は、タンクレディのような若者を欲している。

サリーナ公は舞台が変わり、自分の役目も終わりに近づいていることを悟る。

 

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壁に掛かっている画はグルーズの「罰せられた息子」


イタリアは統一されるだろう。そして自由共和主義という未知の大海原に、タンクレディは恐れることなく漕ぎだしてゆくだろう。彼は生まれつきの冒険者なのだ。若さと美貌を備え、先見性もあり、親しみやすく頭も良い。タンクレディは近い将来、重要な地位につくべき人物である。彼に足りないもの、それはカネだけであった。


サリーナ公はカルジェロを屋敷に呼んだ。タンクレディの代わりに、アンジェリカへの結婚を申し込むためだ。公爵は単刀直入に結婚の承諾を求めた。カルジェロは快諾した。アンジェリカの持参金として約束された広大な領地と膨大な金貨は、公爵の想像をはるかに超えるものだった。
ふたりの婚約は、素晴らしいものになった。公爵は肥沃な領地とカネを、カルジェロは血統を、それぞれ手に入れたのだ。


舞踏会のシーズンが始まった。舞踏会はただの暇つぶしなどはない。そこには社交があり、あらゆる学問の知的な会話があり、時事経済、社会といった最先端の情報もあるのである。年頃の娘は社交界デビューし、青年たちは結婚相手を探すのである。

格式も招待客も申し分ない最大の舞踏会で、公爵はタンクレディとアンジェリカの婚約を正式に発表した。タンクレディは、もう革命軍というならず者の集団のひとりではなく、正規軍の将校になっていた。

(革命軍が正規軍になっただけだが、これって結構重要)

 

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ぎこちない正装のカルジェロ(右)


舞踏会は夜が更けてから始まり、朝方まで続くのだ。着飾ったひとびとは大広間でダンスを楽しみ、腹が減ったらサロンに用意されている料理をつまむ。知り合いを見つけたら必ず声をかけ、紹介された人物と挨拶を交わす。村長のカルジェロも招待されていたが、彼は豪華な調度品を眺めるたび、それらひとつひとつを値踏みしていた。音楽は途切れることなく演奏され続け、女たちのおしゃべりは尽きることがない。休憩室となっているサロンでは、若い娘たちの奇声が響く。

なんという喧噪だ!疲れを感じたサリーナ公は、ひとり静かな部屋で休んでいた。そこへタンクレディとアンジェリカがやってきた。公爵を探していたという。
「お願い、公爵さま。私と一緒に躍ってくださって?」
公爵はアンジェリカの願いを聞き入れ、大広間へ戻った。旧体制を体現したような威厳ある公爵が、南国の瑞々しい果実のようなアンジェリカの手を取った。ワルツが流れている。ふたりのダンスは、ある意味奇跡だ。

 

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最大の見せ場


ダンスはいつまでも続くものだと思っていた。公爵にはなじみ深い旋律と優雅なステップ!シャンデリアの煌めきの下で、女のドレスがさらさらと舞う。そう、ずっと終わらないと無邪気に信じていたのだ。自分が生きてきた時代を、価値観を、自分自身を。

だが、ワルツに終わりがあるように、全てには終わりがあるものだ。

 

外が明るくなってきた。舞踏会もそろそろ終わりの時間だ。招待客が次々と馬車に乗って帰ってゆくなか、公爵はタンクレディに「他のひとたちを連れて、先に帰ってくれ」と告げた。

公爵はひとりで明方の村を歩く。誰もいない広場までゆき、教会の前でひざまづいた。しばらく祈りを捧げ、おもむろに立ち上がると暗い路地へ姿を消した。

 

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サリーナ公のバート・ランカスターが最高にカッコいい!


暗闇に消えるサリーナ公の後ろ姿は、ひとつの時代の終わりを告げている。慣れ親しんだ豪奢な退廃のなかで、優雅に没落してゆくのだ。偉大なる落日のように。

 

-完-

 

照りつける太陽、白く舞い上がる砂埃、渇いた空気、色褪せた山々。まるで白昼夢のなかに漂っているような、海に隔てられ中央から遠く離れた島が、ガリバルディの上陸で目を覚まそうとする。
新しい時代の足音は、すぐそこまでやって来ている。それを敏感に感じ取り、いち早く行動するタンクレディの若々しさは眩いばかりだ。叔父のサリーナ公は由緒ある貴族であり、また広大な土地を管理する領主である。ふたりは旧体制と新体制のメタファーだ。
公爵はタンクレディの良き理解者ではあるが、既に老境に差しかかっている公爵自身は、長らく親しんだ貴族という倦怠に浸ったまま、懐かしき時代とともに去りゆくのである。


この映画で瞠目すべきは大舞踏会である。約3時間という上映時間の中で、ほぼ1/3を占めている。
そして嬉しいのは、招待客を紹介するシーンで「ランペドゥーサ公爵夫人」が本名のまま出演されていることだ。小説「山猫」を執筆したのはイタリア貴族の末裔、シチリア州パルマの公爵ジュゼッペ・トマージ・ディ・ランペドゥーサである。

 

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ランペドゥーサ公爵


「山猫」のサリーナ公は、ランペドゥーサ公爵の曾祖父がモデルだという。ランペドゥーサ公爵は没落してゆく貴族というものを、まさに実感していたのであろう。
公爵は生涯でたったひとつの小説「山猫」を書きあげ、無記名で出版社へ送った。出版社は「山猫」の作家を捜しに探して、やっとランペドゥーサ公爵を捜し当てたとき、公爵は既に亡くなっていた。
小説「山猫」は、ランペドゥーサ公爵の死後に刊行された。
 

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読んで損はないぞ!


映画は舞踏会のシーンで終わっている。小説では第6章である。しかし小説は第8章まで続いている。サリーナ公の死も描かれているのである。あの大きな節目となったであろう大舞踏会から、既に何十年も経っているところから第7章が始まる。
サリーナ公は持病のため、ナポリの病院まで出かけ、ちょうど帰途の途中である。公爵は年を取り過ぎ、ひとりでは遠出ができないため、タンクレディと彼の息子(つまり公爵の孫)と、公爵の実娘コンチェッタに付き添われている。あれほど堂々としていた体躯は汽車の固いベンチで小さくなり、汽車の吐く煤煙のせいで何度も咳き込んでいる。

 

一行は途中の安ホテルに部屋を取って休むことにした。公爵はもう少し先にある別荘で休みたかったが、そこまで体力が持つまいと思われたのである。久しぶりに鏡で自分を見ると、顔は無精ひげに覆われ、ブラシをいれていない髪は乱れ、公爵はまるで亡者のようであった。公爵は美容師を呼んでくれと頼む。家族は、美容師と一緒に神父も呼んだ。急いでやってきた神父を見て、ホテルの支配人は嫌な顔をする。


公爵は、狭い部屋の狭いベッドに横になっていた。懐かしいひとびとが公爵を囲んでいる。神父が公爵の手を取る。公爵はそれに応えて握り返そうとするが、まったく力が入らない。
と、そのとき。旅装した若い女がまわりのひとを掻き分け、公爵のベッドに近づいた。女は、遅れたことを詫びながら公爵の手を取った・・・・・。


ちょーーーーーっと!なにこれ!?死神?旅装した若い女は死神でしょ?
なんてこった!貴族とはいえ、さすがイタリアーノ!なんて粋な最期なんだ!羨ましい!羨ましいぞ!

 

さて「山猫」の監督はヴィスコンティである。確かに「山猫」を映画化するのに、ヴィスコンティ以外ありえない。

なぜならヴィスコンティ自身、古くから続くミラノ貴族の末裔だからだ。

 

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