終わりなきワルツを、君と | 不思議戦隊★キンザザ

終わりなきワルツを、君と

70年代、彗星のごとく現れたフリー・ジャズのサックス奏者がいた。阿部薫という。天才と謳われていたが、睡眠薬の多量摂取でこの世を去る。29歳だった。もとポルノ女優で作家の鈴木いづみとの間に、一女をもうけている。

実在したふたりをもとに、稲葉真弓が限りなくノンフィクションに近いフィクション「エンドレス・ワルツ」を上梓。そしてふたりと親交のあった若松孝二が、魂がひりつくような愛を映像化し、永遠に閉じ込めた。


不思議戦隊★キンザザ



「Endless Waltz」


“寒くないの?”

・・・・死んだ男の声が聞こえる。男は、生きていたときと同じように部屋の中に座っていて、女を見つめている。
“ねえ、寒くない?君は、とても寒そうに見える・・・”

ふたりの思い出が、フラッシュバックする。


薄暗いライブハウスで、ひとりの男がサックスを吹いている。サックスを吹き終えた男は、カウンターに座っている女に声をかけた。「今日、泊めてくんない?」女は断った。男は自分の電話番号を書いて、女に渡した。後日、女は電話をかける。しかし、誰の電話番号なのか覚えがない。
「あたしの電話に出たあんたは誰?」「阿部薫、サックスを吹いてる」「あたしは鈴木いづみ、作家」
ふたりは出会った。


もとポルノ女優のいづみは、ほんの遊びのつもりだった。しかし阿部は、どれだけいづみに惚れているのか分からないが、明けても暮れてもいづみに乗りたがる。阿部は、何かに熱中しているとまわりが見えなくなるらしい。終始いづみと一緒にいたいがため、ライブも何本かすっぽかす。そのうえ阿部は嫉妬深かった。いづみの男遍歴を聞きたがり、過去の男に嫉妬する。
いづみはいい加減うざったくなってきた。うざったいけど、捨てられない。いづみにとって阿部は、そんな男だった。


不思議戦隊★キンザザ
濡れ場多し


それぞれ強烈な個性を持つふたりは、しょっちゅう大喧嘩する。阿部は激高したままステージに立ち、ライブハウスで怒りをぶつける。そんな時はなぜか、最高の演奏が出来た。
阿部は詩集や哲学、芸術評論を好んで読んでいる。しかしそんなもの、生活や女といった現実の前では腹の足しにもなりゃしない。目の前の現実から逃げ出したいとき、声を出してセリーヌを読む。(阿部には「なしくずしの死」「北」というタイトルのアルバムがある)
精いっぱい背伸びをしながら、精神的に幼い自分自身を隠しているように見える。ま、それが女には魅力的に映るワケだが(困ったものだ)。

不思議戦隊★キンザザ
困ったちゃんほど、いい男


喧嘩しながら一緒に暮らしていたふたりは、とうとう結婚する。まるで子供のままごとのようだ。
結婚が生活であるということに、若い二人は気付いていなかった。ヤルことをヤッってるうちに子供が出来た。しかし、自立した大人としての責任も覚悟も持たないふたりである。子供をいづみの両親へ預け、難破船のような生活は続く。


作家や音楽家の創作活動は、その才能を持っている者を苦しめる。自らの鋭い感性と脆弱な神経に振り回され、阿部は発狂する。


不思議戦隊★キンザザ
町蔵がすげーいい味出してる


なぜ俺たちはこうなってしまったんだ?あんたをとても愛してるのに、同時に憎いんだ。

あんたを知らなかったときの俺は、もっと自由だった気がする。

あんたが俺の前に現れたときから、俺は俺じゃなくなっちまった。今の俺は本当の俺じゃない。

本当の俺を、あんたが奪っちまった。あんたが俺を変えちまったんだ。


冬の海岸を、ふたり肩を並べて歩く。いづみは子供を抱いている。阿部は、阿部らしくないことをしゃべり続けている。
「俺たち、次はもっと静かに暮らそうよ。ほら、あんな家に住んでさ。・・・なぁ、俺たち、別れた方がいいのかな」


ふたりは離婚する。しばらくして阿部がいづみのもとを訪れる。阿部がそういった男であることを、いづみは知っている。お互いが自分の半身のような存在なのだ。いづみは阿部を追い返したりせず、受け入れた。
ある夜、阿部は睡眠薬を大量に摂取し昏睡状態に陥った。搬入先の病院で意識不明のまま震える阿部を、いづみはずっと撫で続けた。そのうち震えは止まり、同時に阿部の人生も終わりを告げた。

何かを成し遂げるには、あまりにも短い生涯であった。

残されたいづみは、阿部が亡くなった8年後、自室で首を吊る。


不思議戦隊★キンザザ
いづみ役は広田レオナ

雪が降っている。阿部がひとりで立っている。そこへいづみが駆け寄る。ふたりはまた一緒になって、肩を寄せ合い歩きはじめる。


-完-


マダムは阿部薫という人物をまったく知らなかった。鈴木いづみはちょっと知ってたけど、特に気になったことはなかった。


不思議戦隊★キンザザ
鈴木いづみ

不思議戦隊★キンザザ
阿部薫

阿部を演じているのは、いまでは作家としての知名度が高い町田康である。当時のクレジットは町田町蔵だ。

この町蔵の演技がハンパなく素晴らしい!

常に現状に満足せず、自らの感情をコントロール出来ず、子供じみた対抗心を剥き出しにし、取り残されたような寂寞感を漂わせている。暴力を伴ったいづみへの狂気の愛を、体当たりで表す町蔵は血気迫っている。無軌道で刹那的で、本能と感覚だけで駆け抜けてゆく姿が、最高に似合っている。

ステージでサックスを吹くシーンもいい。白眼を剥いて一心不乱に狂っている。そこに、他者の入り込む余地はない。

不思議戦隊★キンザザ
素敵だわあ


生前の阿部と、一緒にステージに立ったことのある灰野敬司も出演している。そう、この映画には灰野敬二が灰野敬二役で出演しているのである(っつってもマダムも良く知らないけどね)。
映画の中で、灰野敬二は阿部の印象について語っている。灰野の言い分は非常に常識的で、うなづけるものであった。

不思議戦隊★キンザザ
既に伝説的人物の貫禄、灰野敬二


そして雪のラストシーン。狂乱のなかに生き、立ち止まることなく駆け抜けたふたりを、静かなシーンで終わらせる。
ふたりと親交があった監督の、阿部といづみへ贈る花道だろうか。


良い映画である。ただひとつ、青臭い左翼風味を除けば。


阿部といづみの愛が疾走していた頃、世間ではちょうど、赤軍派やテルアビブ空港テロ事件などが話題になっていた。この映画の監督である若松孝二は、筋金入りの反体制派であるので(日本において本来の意味での反体制派は果たして成立するかという疑問はややこしいのでスル―)、当時のそういった雰囲気や思想などが、映画の中でも散見される。


不思議戦隊★キンザザ
若かりし頃の監督

時代の空気として描かれているだけなら気にもならないが、学生運動や赤軍派にシンパシーを感じている濃厚な気配があり、それが鼻につくのである。その他にも、阿部の仲間たちが集まって、なにやら高尚な芸術論を語り合うシーンなどの進歩的文化人っぷりは、失笑を禁じ得ない。


マダムは分別を持った大人である。学生運動の末路も、赤軍派の犯した数々も知ってしまっている。

そのせいだろうか、理性がこの映画に共感することを拒否してしまうのだ。

分別を持つ前に見ていたら、きっと大好きな映画になっていただろうと思う。



↓↓↓こちらの記事もどうぞ↓↓↓

スピンク日記 町田康
不世出のパンク小説 夜の果ての旅