(天橋立) 
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大法輪 第86巻第1号特集Ⅱ『仏教のここがすごい!』より一部引用させて頂きました。ニコニコ宜しくお願い致します。🙇


[Ⅴ仏教の文化のここがすごい!]

『ホトケを通じて真実に向き合う』ー葬送儀式ー
        大谷大学准教授 ワケミ 晃

 [釈尊が入滅されたときには、出家者は釈尊の葬儀には携わらなかたったようである。

もっとも、やがて儀式が整備されていくに従って仏教僧侶が葬儀に携わるようになってきたようである。

 現代の日本の仏教は、「葬式仏教」と批判的に語られる。しかし、死者儀式に着目したのは、日本仏教にとっては、結果的に重要な成功であったと言えよう。

死は、いついかなる時代でも、誰にでも訪れるイベントである。また、いつどのように死ぬかを予測することもできない。

釈尊が出家したきっかけもまた老病死という苦を見つめたことであった。その意味では、死に着目することは、仏教本来の精神に立ち返ることでもある。

 また、人間が社会的な存在である以上、死は死者個人のものではあり得ない。
 
 死者を弔うことによって、共同体は構成員の欠落を受け容れ、新たな体制への準備を行う。遺族もまた家族の死を受け容れるとともに、共同体の中での自らの在り方を確かめることになる。

 日本では、いつの頃からか、死者を「ホトケ」と呼ぶようになった。

ホトケとはブッダのことであり、ブッダとは真実に目覚めそれを説き広める人のことである。死者は、必ずしも生前に真実に目覚めたとは言えないかも知れない。

その意味では、死者をホトケと呼ぶことは誤用である。真実の法を、死者はそれこそ身をもって説いてくれている。真実の法を説く者をホトケと呼ぶのは妥当と言わねばならない。

そもそも、私たちが喪失を受け容れるには、悲しみを経由する必要がある。しかし、私たちは何も無しに悲しむことはできない。

私たちが感情を発散させるには、何らかの儀式を経なくてはならない。儀式無しには、私たちは感情をいたずらに昂(たか)ぶらせるだけで、悲しみとして昇華することができない。

 仏教は、そのような悲しみを体験するための身体動作を洗練させた儀式を編み出してきた。]

【私たちは生涯に渡って様々な儀式を経験しますが仏教者から考えれば、葬送の儀が一番重要と思います。
死者に則した法名を頂き、真心よりのお経で(法華経の『方便品第二に「若(も)し法を聞くことあらん者は 一人として成佛せずということなけん。」)もって霊界に送って頂き、来世より善き輪廻をする為に誠、大事な儀式である為です。合掌】

世界平和日本国安泰・正法興隆・天変地変の難の成仏・新型コロナウイルス各地で感染者が急増しております。

一人一人がお互いに気を付けあい早期収束を共に祈願させて頂きましょう。
南無妙法蓮華経🙏🙏🙏


先祖の血みんな集めて生まれけり」と説かれておりますが、私達の血肉の本は多千億のご先祖様から頂いております。ご先祖さまを敬い尊ばせて頂き子孫自らが亡き両親・亡き我が子・我が家族・ご先祖様のお供養をさせて頂く事が今命を頂いている者の使命役目であり信心の基本です。

ご先祖供養を初めとする釈尊の出世の本懐で有ります法華経による信心をご一緒に行わせて頂きませんか。現在FBを通じてご遠方の方々ともご縁を頂き、一乗会会員になっておられます。 合掌 

最後迄お読み頂き有り難う御座いました。(^_^)v

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一乗会本部教会活動のお知らせ!
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写経会・バザー
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