(本の中よりお借りしました)
熊本大地震に伴い被害を受け、被災なされました皆々様には心からお見舞い申し上げます。
一日も早く復旧復興を祈願させて頂きます。🙏🙏🙏
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日蓮聖人の歩まれた道 市川智康著
ーその生涯と足跡をたずねてー
一部引用させて頂きました。
房総の巻き
藻原寺
------東身延・茂原の寺
[この藻原寺(そうげんじ)は、お寺の伝えよりますと、建長五年(1253)四月、清澄山ではじめてお題目を唱えられた日蓮聖人が地頭の東条景信の怒りにふれて山を下り、上総街道を鎌倉に向けてたどられて、五月十一日笠森の観音堂に一夜を過ごされました。
日蓮聖人を館にお招きしてお説法をききましたが、ここに約一ヶ月間滞在しておられる間に斎藤兼綱公の一族をはじめ近郷の人々もその教化にふれてお題目を唱える者が多く出ました。
日蓮聖人が身延におられた建治二年(1276)十一月十二日、この土地の出身で斎藤氏の縁者である日向上人をお招きして、斎藤氏が建立した法華堂の開堂式がおこなわれ、常楽山妙光寺と名づけられました。
その後第三世日秀(黒田五郎の長男)のとき山号が「常在山」と改められました。
はじめ妙光寺が正式名称だったのですが、人々が゛゛藻原(もはら)の寺〝とよんでいたので、明治初年に藻原が茂原になったのを機会に「藻原寺」と公称するようになりました。
このお寺の宝物の中に、日蓮聖人がお乗りになっていた馬の鞍があります。
それは、弘安五年九月八日、身延から常陸(ひたち)の湯に湯治のためご出発になられた日蓮聖人は、途中池上宗仲公の邸(東京池上)につかれ、そこでお亡くなりにならました。
九月十九日、日蓮聖人が身延波木井公にあてられたお手紙の中に、馬が気に入っているので、帰りに乗るまでの間、他人にとられてはいけないので「もばらどのに預ける」と書いておられます。]
【この短い文章の中からも、大聖人が大変に身の安全を脅かされながら清澄山を脱出されたご様子がうかがえます。と共にお供の方々が化人(けにん)になって、しっかり大聖人をお守りされたものと思います。
それは大聖人は単に追ってより逃げる一、人間ではなく、佛の使いとして日本を守り、法華経を弘める大きなお役目を担われたお方であるからです。 合掌】
過去の投稿です。ご拝読して頂ければ嬉しいです。
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「先祖の血みんな集めて生まれけり」と説かれておりますが、私達の血肉の本は多千億のご先祖様から頂いております。ご先祖さまを敬い尊ばせて頂き子孫自らが亡き両親・亡き我が子・我が家族・ご先祖様のお供養をさせて頂く事が今命を頂いている者の使命役目であり信心の基本です。
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一乘会本部教会(以下一乘会)は昭和32年に発足し八万四千の佛教の経典の中で最尊最上である法華経をもって世界平和と人々の幸せを目的として信行している教団です。
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8月29日(土)午後1時半





