著書・岡元錬城

日蓮のことば365日より引用

【 五 月 十 六 日 】

「一(ひとたび)は歎(なげ)いて云(いわ)く、仏滅後既(ぶつめつごすで)に二千二百二十余年を隔(へだ)つ。何(いか)かる罪業に依って仏の在世に生まれず、正  法の四依(しえ)、像法の中(うち)の天台・伝 教等にも値わざるやと。」



   「 未来記。それは仏が仏の滅後における教法の盛衰・興廃を予測して記した言葉である。

後代の仏教徒にとって、仏の未来記真理であり事実として表現されるものである。

滅後末法の始めに法華経が全世界にむけて広宣流布(こうせんるふ)するのであって、決して法の流布を断絶させてはならない

法華経中の未来記である。この文を見て日蓮は二つの感懐を叙す。その一つは歎き。仏の在世に生まれあわなかったことであり、のみならず正法千年間の導師達、像法千年の天台・伝教の賢聖にもあい得なかったと不値遇の悲嘆をかこつ。」


【日蓮大聖人は末法にお生まれになったが故に、仏の在世中仏に遭うことが出来ず又、像法時代の天台大師・伝教大師に遭うことが出来なかった事は大きな歎きで有ったと思いますが、それをバネとなされ、法華経の華を開花して頂きましたが故、今法華経が弘まって居ります事に感謝致します。    合掌
詳しくは明日17日に………。】



最後までお読み頂き有り難う御座います。🙇


世界平和・日本国安泰・正法興隆を共に祈願させて頂きましょう。🙏南無妙法蓮華経🙏合掌



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