「よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ。盗む方にもキャリアが必要なんだ」 | 三茶農園/きむらさとる

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赤めだか
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今もっともチケットの取れない天才落語家の異名を持つ談春のエッセイなわけだが、仕事と関係するようであり、マネージャーの教科書のようであり、師匠が弟子にどう関わるかという観点で書かれていて思いのほか自分にささった。そして九段の広告会社の師匠と兄弟子を思い出す。だいたい同じような教え方で、線路を敷いて一歩ずつ教えてくれてたんだなぁと、感謝の気持ちしかない。そろそろ自分の番でもある。そんなことより、今年もそろそろ桜が開花だねぇ。立川談志の教え方メモ。


■やってみせる
師匠の談志は、高校をやめて弟子入りしたばかりの談春に「君も落語家を志すくらいだから、落語のひとつやふたつくらいはできるだろう。どんな根多でもいいから、しゃべってごらん」と云った。プロを目指すために基本からみっちり叩き込んでやる、今まで覚えた根多は全て忘れろ、と云うとばかり思っていた談志が、予想に反して、聴いてやるから目の前で演ってみろと云う。「何でもいいんだよ。口調を確かめるだけだから。ちょっとだけしゃべってごらん」ものすごい優しい笑顔で師匠が云う。腹を決めてしゃべりだす。顔面蒼白、脂汗タラタラ。「まあ、口調は悪くねェナ。よし小噺を教えてやる」十分ほどしゃべって、談志は云った。「ま、こんなもんだ。今演ったものは覚えんでもいい。テープも録ってないしな。今度は、きちんと一席教えてやる。プロとはこういうものだということがわかればそれでいい。よく芸は盗むものだと云うがあれは嘘だ。盗むほうにもキャリアが必要なんだ。最初は俺が教えた通り覚えればいい。盗めるようになりゃ一人前だ。時間がかかるんだ。教える方に論理がないからそういういいかげんなことを云うんだ。いいか、落語を語るのに必要なのはリズムとメロディだ。それが基本だ。ま、それをクリアする自信があるなら今でも盗んでかまわんが、自信はあるか?」と云って談志はニヤッと笑った。


■言って聞かせてる
「これはオレの趣味だがお辞儀は丁寧にしろよ。きちんと頭を下げろ。次に扇子だが、座布団の前に平行に置け。結界と云ってな、扇子より座布団側が芸人、演者の世界、向こう側が観客の世界だ。観客が演者の世界に入ってくることは決して許さないんだ。たとえ前座だってお前はプロだ。観客に勉強させてもらうわけではない。あくまで与える側なんだ。そのくらいのプライドは持て。お辞儀が終わったら、しっかり正面を見据えろ。焦っていきなり話しだすことはない。堂々と見ろ。それができない奴を正面が切れないと云うんだ。正面が切れない芸人にはなるな。客席の最前列の真ん中の上、天井辺りに目線を置け。キョロキョロする必要はない。マクラの間に左、右と見てゆくにはキャリアが必要なんだ、お前はまだその必要はない。」


■させてみる
「大きな声でしゃべれ。加減がわからないのなら怒鳴れ。怒鳴ってもメロディが崩れないように話せれば立派なもんだ。そうなるまで稽古しろ。俺がしゃべった通りに、そっくりそのまま覚えてこい。物真似でかまわん。それができる奴をとりあえず芸の質が良いと云うんだ」


■ほめてやる
「あのなあ、師匠なんてものは、褒めてやるぐらいしか弟子にしてやれることはないのかもしれん、と思うことがあるんだ」この言葉にどれほど深い意味があるのか今の僕にはわからないのだが、そうかもしれないと思い当たる節はある。


■シンプルにする
数日後、前座噺を教わった。基本中の基本のこの噺は、登場人物が御隠居さんと八っつあんの二人しかいない。場面転換も少ない。右見て隠居さん、左見て八っつあんとスラスラしゃべる。これで落語のリズムとメロディを徹底的に覚える。談志の稽古は教わるほうにとってはこの上なく親切だ。


■段階的に教える
次の稽古は狸だった。狸には仕草や動物を演じるための形が入ってくる。「あのな坊や。お前は狸を演じようとして芝居をしている。それは間違っていない。正しい考え方なんだ。だが君はメロディで語ることができていない、不完全なんだ。それで動き、仕草で演じようとすると、わかりやすく云えば芝居をしようとすると、俺が見ると、見るに堪えないものができあがってしまう。型ができてない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。型がしっかりした奴がオリジナリティを押し出せば型破りになれる。どうだ、わかるか?難しすぎるか。結論を云えば型をつくるには稽古しかないんだ。狸という根多程度でメロディが崩れるということは稽古不足だ。語りと仕草が不自然でなく一致するように稽古しろ。いいか、俺はお前を否定しているわけではない。進歩は認めてやる。進歩しているからこそ、チェックするポイントが増えるんだ。もう一度、覚えなおしてこい」現在の自分がこのエピソードを振り返って感じる立川談志の凄さは、次の一点に尽きる。相手の進歩に合わせながら教える。掛け算しかできない者に高等数学を教えても意味がないということ。


■姿勢を教える
「次へ、次へと何かをつかもうとする人生を歩まない奴もいる。俺はそれを否定しない。芸人としての姿勢を考えれば正しいとは思わんがな。つつがなく生きる、ということに一生を費やすことを間違いだと誰がいえるんだ」「やるなと云っても、やる奴はやる。やれと云ったところでやらん奴はやらん」弟子を集めて談志はよくこう語る。そして最後につけ加える。「まァ、ゆっくり生きろ」


リズムとメロディだけで落語を語る。あとはプライドと生きる姿勢。それを徐々に段階をあげていく。チェックポイントでレベルに達していなければ差し戻す。「進歩は認めてやる。進歩しているからこそ、チェックするポイントが増えるんだ。」やってみせ、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は動かじby誰かに通ずるとこもある。読んでみるとわかるが、師匠も大事なんだが兄弟子の存在も大事なんだよね実は。わかる。

そしてさらに進むと、そこからは敷いてくれるレールがなくなって自分で耕して少しずつ進めていくしかないのだよね。談春の軽快な書きっぷりと談志の名コーチぶりに惚れた一冊。良著。写真はなつかしい九段の広告会社の花見2009。







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