2日目のスクーリングは休んだ。
どうなるんだろう。留年だろうか。
また、あのどうしようもない感情がわぁっと溢れてきた。
「もう、やめる」
「高卒認定試験のままにしておけばよかった」
「あ、大学もこの調子きっと行けないから、
受験もする必要がない」
「生きていても意味がない」
最後の言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
親として、これ以上に不安な言葉はない。
でも、そんな思いを抱えながらも、
実家にいる安心感の中で、「明日はどうなるんだろう」と考えている自分もいた。
「どうする?」の問いかけと、親の葛藤
翌朝、息子の下痢はだいぶおさまっていた。
「どうする?」と声をかけると、少し悩んでいる様子。
そうなると、
「行かせたい」 という気持ちが湧いてしまうのが、私の悪いところだ。
「ここで行けたら、この先もきっと大丈夫」
「これを乗り越えたら、息子も自信がつくかもしれない」
こんな親のエゴが私のカラダに湧き出した。
結局、息子は出発する間際に、ポツリとつぶやいた。
「もう、無理。やめる」
「ごめん。。」
「もう死ぬからさ。」
その言葉を聞いた瞬間、何も言えなくなった。
息子が、再び追い詰められていることを思い知らされた。
とはいえ、そんな大袈裟な・・・と思っている私もいた。
涙が止まらない理由
そのまま荷造りして実家から帰宅。
気づけば、涙が止まらなかった。
何が辛いのか。
スクーリングに行かないことなのか
またやらかした自分責めなのか
苦しそうな息子を見ていることなのか
生死の不安なのか
お金の不安なのか
夫は息子とどう接するのか
いろんな感情が絡まり合って、
言葉にできないまま、ただ涙がこぼれた。
まだ、選択肢はある
夜、スクーリングの欠席について、
振替申請のメールが届いていた。
まだ猶予はある。
猶予があると言っている時点で
私は行って欲しいと思っているんだろう。
何をそんなに「学校」という括りに
執着しているんだろうか。
自由に学べる世の中、
命を削ってまでして行くこと!?
頭ではわかっていても心がついていかない。
いろんな思いがありながら
やっぱりドライな夫に、ちょっと孤独を感じている。
この石原さとみさんな気分
追伸
息子はまたシャッターを開けずに暗い部屋にいる。
けど、お昼ご飯を取りにきた。
元気はなかったけど、会話はした。