山に夕闇がせまる

子供達よ

ほら もう夜が背中まできている

火を焚きなさい

お前達の心残りの遊びをやめて

大昔の心にかえり

火を焚きなさい

山尾三省「火を焚きなさい」

 

何とも不思議な映画です。

十人が観たら、十の違った感想があると思います。

 

ストーリーは臓器移植問題をメインの軸にすえ、サブストーリーとして主人公の恋愛ドラマが進んでいきます。

臓器移植はドキュメンタリータッチの硬派なものです。

ラブストーリーはメルヘンさえ感じる不思議な世界観ですが、その実、失踪者問題について描いています。

冒頭に詩を載せましたが、河瀨直美監督の根底には家族そろって屋久島に移住した思想家で詩人の山尾三省の考えがあるのだと思います。

 

臓器移植問題については倫理観、社会的抵抗、偏見などが絡み合い、日本では先進国の中ではもっとも遅れています。

この映画ではその状況を一方的に責めることはせず、日本医学会を取り巻く現状をむしろ淡々と説明しています。

しかし、後半になって物語はドラマチックに展開します。

医療の現場の描き方はドキュメンタリータッチで、最後の手術のシーンは、観るのが辛い人がいるだろうと思うほどリアリティさを追求しています。

 

もうひとつの軸である恋愛ドラマと失踪者問題のほうは、意見がいろいろに分かれると思います。

主人公はフランスから来た臓器移植についての研究者。

ひとり屋久島を尋ねたとき、不思議な青年・迅に出会います。

迅は首から掛けたカメラでコリーの写真を撮ります。

その後、迅は神戸のコリーのマンションに住み込み、ふたりは恋に落ちますが、迅は失踪者だったのです。

失踪者というのは犯罪等に巻き込まれたのではなく、自らの意思で社会から身を隠す人もいて、迅は後者です。

 

迅は働きもせず、コリーのマンションでゴロゴロしているだけの存在。

相変わらず、カメラを手にしてはコリーの写真を撮り続けます。

神社にお参りに行った際、忙しすぎるコリーに迅はブレスレットをプレゼントします。

ブレスレットをすれば、時計はしにくくなります。

忙しさに振り回されないようにという迅の気持ちが込められていました。

 

ある夜、仕事で疲れ果てて帰って来たコリーは、相変わらずゴロゴロしているだけの迅を見て怒りが込み上げます。

コリーはプレゼントにもらったブレスレットを洗面台に投げるように外してシャワーを浴びます。

 

誕生日の夜、「今年の抱負(resolution)は?」と聞かれて答えようとしない迅に対してコリーは、「あなたを信じている」とか「写真の個展を開けば」と言います。

迅は「俺だって自分なりに頑張っているんです」と怒りを爆発させるように答え、翌日にはいなくなってしまいます。

荷物はなくなっていましたが、カメラだけは残されていました。

フイルムを現像してもらおうとカメラ屋さんに行くと、そのカメラは壊れていて、フイルムも入っていないと言われます。

 

カメラは最初から壊れていたわけではありません。

屋久島で撮った写真はちゃんとコリーの机に飾られています。

コリーの忙しい毎日の中でいつの間にかカメラは壊れ、ブレスレットは投げ出されます。

 

過去を振り返ったとき、思い出に現実感がないと思うことはありませんか?

時が過ぎれば、何もが変化し、いずれは消失します。

吹き抜けた風に対して覚えているのは感触だけです。

たしかにあったのは事実だけれど、今となって振り返ると幻だったのかもしれない、と思うのが人生のような気がします。

 

そんなことを考えさせられた映画でした。

 

お勧め度★★★(★5点満点)

 

 

たしかにあった幻HP