I think that we`er born in this world with hope and dreams and a desire to be happy.
And the devil has one wish : make us give up.
(人はこの世に希望や夢を持って生まれてくる。幸せになりたいと。悪魔の願いはそれを諦めさせること)
「エクソシスト」は1973年の公開だから、実に50年も前の映画となります。
その50年という長い年月を経て「エクソシスト 信じる者」(原題:The Exorcist Believer)が公開されました。
ゾンビ映画の金字塔であるジョージ・A・ロメオ監督の「ゾンビ」の公開が1978年ですから、それに先立つこと5年。
「エクソシスト」の斬新な特殊メイクと特撮シーンは物凄く話題となりました。
「史上最恐の恐怖映画」なるキャッチコピーも付けられ、数年後にはテレビでも放映されたため、多くの人が観た映画だと思います。
いま改めて観ると名作なのですが、当時、子供だった自分にはこの映画がまったく面白くなかったことをはっきり覚えています。
理由のひとつには、まず「怖くない」。
メイクを含め、特撮はすごいなと思いましたが、少女が浮遊しても、首が360度回転しても、恐怖感とはつながらなかったのです。
もうひとつは、ラストが正義の敗北に終わることです。
なぜ悪魔が少女の身体から離れていったかはよく分からないのですが、神の使者たる牧師はふたりとも死んでしまいます。
神様は人身御供を要求したのかと思ってしまいました。
非常にモヤモヤした気持ちの残った映画だったのです。
そして、「エクソシスト 信じる者」。
音楽にはアンサーソングというのがありますが、この映画は「エクソシスト」の単なる続編ではなく、アンサームービーだと感じました。
エレン・バースティンとリンダ・ブレアの再出演もうれしい限り。
特にエレンは脇役ながら重要な役どころを演じています。
そのエレン演じるクリス・マクニールが言います。
「悪魔以外にもこの世には、邪悪なものはいくらでもある」
悪魔憑きは、非常に特殊な例です。
ですが、実は日常生活の中にはプチ悪魔憑きはたくさんあるように思います。
冒頭の言葉は、主人公の友人が
「悪とは何だろう」
と自問した答えです。
誰かが頑張っていると、必ずといっていいくらい、水を差すような言葉を投げる者が現れます。
夢や希望を語ると、皮肉を言わずにはいられない人がいます。
こういう人は悪魔の手先だと思います。
では神はどんな願いを抱いているかというと、
「たとえどんな神様であろうと、たぶん人間に求めているのはたったひとつのこと。生き続けること。自分で選んだものを手放さないこと」(Just to keep going.To make the choice to hold on tight and never let go.)
と映画のラストで語られています。
悪魔に取り憑かれた少女のひとりキャサリンの母親は悪魔の誘惑を理性で判断して拒絶していますが、父親は感情に流され悪魔の誘惑に乗ってしまいます。
それがキャサリンを破滅に導いてしまうことになります。
父親の行為は愚かですが、悪魔は実に巧妙に人の感情を操ります。
そんな場面で理性を保ち続けられるひとはごく少数です。
悪魔はこうやって具体的に姿を現しているのに、神はひとを突き放したかのように何の啓示も与えません。
考えてみれば、悪魔とか神に限らず、悪事は日常茶飯事としてありふれていますが、目に見える善行はごく数えるほどです。
成功は数多くの失敗のうえに成り立つものです。
世の中にはうまくいくことよりも、うまくいかないことのほうが圧倒的に多いと思います。
そんな悪事や中傷だらけのこの世において希望や夢を語り続けることは簡単ではありません。
それでも、あきらめず、自分の歌を歌い続けることが悪に対抗する手段だということをこの映画は語り掛けているような気がしてなりません。

