「チェリー・イングラム」を著したロンドン在住のジャーナリスト・阿部菜穂子さんによると、日本の都市部の桜は、関西では8割、その他の都市では9割、日本全体では7割がソメイヨシノだそうです。
確かに、桜の開花予想というとソメイヨシノの開花時期を指していますし、自分自身、日本の桜というとまっさきにソメイヨシノを頭に思い浮かべていました。
(ソメイヨシノ)
しかし、ソメイヨシノは幕末期から明治維新期に掛けて、江戸・染井村(現代の豊島区内)の植木職人によって広められた歴史の新しい品種だそうです。
ということは、江戸時代末期以前は桜というと、ソメイヨシノ以外の品種を指したのです。
たしかに早咲きで知られる河津桜や吉野山の山桜、あるいは八重桜などソメイヨシノ以外にもよく知られた桜もあります。
(熱海の河津桜)
先日も名古屋を歩いていたら、オカメ桜という品種の桜が満開を迎えていました。
ピンク色の可愛らしい花びらの桜です。
調べてみると、この品種はコリングウッド・イングラムというイギリス人が作り出した品種だとのこと。
(名古屋のオカメ桜)
さらにイングラムについて調べてみると、冒頭の阿部菜穂子さんの「チェリー・イングラム」という本にたどり着いたのです。
これはぐいぐいと引き込まれる内容の本です。桜についてご興味のある方は一読をお勧めします。
イングラムは桜の多様性を愛したといいます。当時、多くの日本人が支持したソメイヨシノには見向きもせず、変わった品種を集めて回りました。
大正時代から昭和初期に来日したイングラムはソメイヨシノ一色になりつつある日本の桜の状況に危機感を募らせていたのです。
もっとも日本人の中でも「桜の会」の会員など一部には、ソメイヨシノが他の桜を駆逐していく様子を苦々しく思っていた者もいたようです。
明治期以降、富国強兵を目標に掲げる日本の政治家は桜と大和魂を結び付け「花は桜木 人は武士」などといって自分たちに都合のいい考えを国民に押し付けました。
画一的な考えでも多数が賛成していれば、疑いなく受け入れてしまうところは日本人の欠点でしょう。
押し付けるほうも、押し付けられるほうも、さしたる抵抗感なく、潔さを美徳とする考えを桜の散り際とだぶらせて受け入れていきました。
その後、昭和を迎えた日本は軍国主義に突入していきます。
お国のために潔く散れ、と若者に命ずる軍部にとって、開花期の短いソメイヨシノはうってつけでした。
ソメイヨシノは軍国主義プロパガンダに利用されてしまったのです。
平和の象徴である花を戦争のために利用するのは卑劣な行為です。
第二次大戦後、国土の多くが焼け野原となった日本には復興の象徴として、成長の速いソメイヨシノが再び植えられました。
ソメイヨシノは美しいし、ぱっと散っていく花からははかなさを感じます。
しかし、桜の花と軍国主義を結び付けて考えるような考えは二度と持ってはならないと思います。
散り際が悪かろうと、格好悪かろうと、平和のためにはあらゆる手段を模索することが必要だと考えます。
(神社に咲くソメイヨシノ)