時代小説を書くのは、現代小説を書くときと違った魅力があります。

一番の魅力は推理しながら書くことでないか、と思っています。

現代小説であれば、分からないことはかなりの部分において確認できます。

確認できなくても資料が豊富ですので、高い確率で正解が得られます。

けれども、過去の時代ではいまとなっては確認できない部分が多く、しかも資料があまり残っていなかったりします。

そんな場合は、分からない部分を推理して書くわけです。

玉砂利のうえに敷いてある置き石が分かっている部分だとすれば、間に敷かれている玉砂利が分からない部分。

分からないところが多ければ、置き石の数も少なく、跳躍しなければならない幅も広くなります。

つまり、時代小説をは伝わっている史実=置き石と置き石の間を推理力を使って跳躍して書いていく小説となります。

 

時代が下るに従って、置き石の数も多くなるのですが、突如として置き石と置き石の間が空いていることがあります。

そんな空白を見つけると、とてもワクワクします。

ベッドに寝転がりながら本を読んでいても、頬杖をつきながら窓の外をぼっと見ていても、小説家は常にそんなことを考えているのです。