春を売っていた君とその春を買わずに借りた僕
初夏の匂いがまだ宵の口までしか来ていなかった頃
なんとなく思い立って思い切って初めて君の声を聞いた日
お互い探り探りくすぐったくて少し気持ちいい
僕の話を小さな相槌打ちながら聞いては
ゆっくりと言葉を選んで返すあなたの穏やかさに1時間37分の恋をしたのです
春を売っていた君とその春を買わずに借りた僕
君が君ではなく見知らぬ誰かだったのなら
僕は醜い顔を隠して笑ったのかもしれないね
電話越し
夜の一番深い所で煙草を吸う時にだけ聞こえるその音を
お互いには聞こえないけれど一緒に聞きながら
「君は梨木香歩の小説みたいだ」と僕は言った
心地よく過不足の無い
ちょうどコップ一杯飲みきれる分だけの水
そんな風にあなたは心地よい人でした
電気に変換されてから伝わるその声も
未だ触れることの無いその肌も
SNSに更新される承認欲求と自己嫌悪のゆらめきも
春を売っていた君とその春を買わずに借りた僕
いや、そんなことよりも
わざと下の名前を呼んでからおやすみと言うような狡い僕を見透かしながら
それでもくすくすと笑うあなたとの夜がワンタッチで終わってしまうのをくだらない会話で何度も引き止めて
足音を立てず静かに明るくなる空を朝焼けが我が物顔で蹂躙する前に
もう一本だけ恋をさせて