先週の金曜日のこと。
5歳の息子を幼稚園に連れて行くと、息子は
「お母さんと一緒じゃないと嫌だ」と言って、しょんぼりモード。
私はこの日、お客さんの予定あり・・・。
帰りたい旨をちらっと先生に話すと、「わかりました。」ということで、息子を私から離す→息子は泣く。
それを見て、衝動的に
「先生、ちょっと一度連れて帰ります!」
と、息子を連れて帰り・・・、しばし家で過ごすものの、私も冷静に考えると
息子は幼稚園に行ったほうが私も都合がいいし、息子の好きなプールもある。
結局、もう一度、幼稚園に連れて行きました。
そして、縁側で息子といると担任の先生が、私たちを見てウヒャっと笑う。
「僕は、お母さんを見て笑ってるんです」
という先生の発言に、何だか沸々とするものも感じつつ、結局、その日、
息子の2度目の泣き姿を私は見つつ、結局幼稚園においてきました。
そして、息子も大好きなプールには間に合わず、親子共々遠回りをした感じ。
朝、一旦、息子を連れて帰る時も、そして連れて行った時にも先生が笑ったことに、沸々とした感じを確かに感じた私。
これって、何???としばらく考えました。
そして、
「あぁ、私が自分の否に気づいて認めたら、楽になるはず」と思い、
結局
「息子が揺れ動くのも、自分の気持ちが揺れているのが原因。つまり、私って優柔不断なんだ」
そう、自分で認めると幾分か、楽になるのが分かりました。
そこに行き着く間の私の心理は、これまたここで書くと極悪人のようなのですが・・・
「先生に、なんていうイヤミを連絡帳に書いてやろうか」
ということに思考が走っていたように思います。
しかし、それらは「よくない」とするハートの自分もしっかりと存在していて、ぐ~っと考えて、
自分の否を認めることができました。
先生が笑ったのは、私の優柔不断さが丸見えで、手に取るようにわかったからだと思います。
先輩お母さん二人にたっぷりと聞いてもらって、ようやく自分の中も穏やかになってきました。
学んでいなかったら、
「何あの先生!」
という感じで、感情の暴走に勝利を許していたと思うのですが、
「いや、自分にも何かあるはず」と思い、立ち止まれたのが本当に良かった(*^^)v
私は優柔不断なんだ。
そこをちゃんと直していきたい!
そのためには、保留癖をやっつけるぞ~!
ブログにもあえてこう書くのは、とある法則性を知っているからです。
それは、
自分のマイナス部分は認めれば認めるほど、秋に木の葉がはらりと落ちるように、「自然に落ちていくもの」だからです。
学びの先輩であり言葉遊びの天才のOさんが
「かさぶたは 気付いた頃に とれている」
と、詠んでおられました。
つまり、マイナスの部分を見ていけば、自然にちゃんととれていくのです。
というのも、人は・・・どんな人だって、自分を幸せにしたいと願っている存在だからです。
例え、自ら命を絶ってしまう人だって、
「生きていなければ、幸せになれる」という間違ってはいるかもしれませんが、その人なりの「幸せ」を追求しているのだと思います。
したがって、
「ここを治したい!」
「こうなりたい!」
と切に快のイメージとともに望めば、それは潜在意識に情報として落とし込まれ、自然に成就していくのです。
あ~、自分が優柔不断だとはっきり認識するのに、37年もかかってしまった・・・。
けれど、あとは小さくなるのみ(*^^)v
先生、ありがとうございました~って、連絡帳に書けるかも・・・。
そんな気分になってきました☆