あなたに平安がありますように。
苦しくなったらいつでも来てください
その場で楽にしてあげます
神に従えば楽になって逆らえば苦しみます
生命も金も一旦天地へ引き上げてしまうかもしれませんから
そうならないように心の洗濯が第一と言って
しつこく気をつけているのにまだわかりませんか
(日月神示)
あなたが救われますように。
イエス様のみこころのとおりになりますように。
そのとき、ペテロがイエスのもとにきて言った、
「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯した場合、幾たびゆるさねばなりませんか。
七たびまでですか」。
イエスは彼に言われた、
「わたしは七たびまでとは言わない。
七たびを七十倍するまでにしなさい。
それだから、天国は王が僕たちと決算をするようなものだ。
決算が始まると、一万タラントの負債のある者が、王のところに連れられてきた。
しかし、返せなかったので、主人は、その人自身とその妻子と持ち物全部とを売って返すように命じた。
そこで、この僕はひれ伏して哀願した、
『どうぞお待ちください。
全部お返しいたしますから』。
僕の主人はあわれに思って、彼をゆるし、その負債を免じてやった。
その僕が出て行くと、百デナリを貸しているひとりの仲間に出会い、彼をつかまえ、首をしめて
『借金を返せ』
と言った。
そこでこの仲間はひれ伏し、
『どうか待ってくれ。
返すから』
と言って頼んだ。
しかし承知せずに、その人をひっぱって行って、借金を返すまで獄に入れた。
その人の仲間たちは、この様子を見て、非常に心をいため、行ってそのことをのこらず主人に話した。
そこでこの主人は彼を呼びつけて言った、
『悪い僕、わたしに願ったからこそ、あの負債を全部ゆるしてやったのだ。
わたしがあわれんでやったように、あの仲間をあわれんでやるべきではなかったか』。
そして主人は立腹して、負債全部を返してしまうまで、彼を獄吏に引きわたした。
あなたがためいめいも、もし心から兄弟をゆるさないならば、わたしの天の父もまたあなたがたに対して、そのようになさるであろう」。
自分が罪を犯しているのに、自分に罪を犯されたら許さないというのはおかしいです。
自分が罪深い罪人だと思っていない人が人を許さないのです。
いくら信仰しようが善行を積み重ねようが私たちは清くはなりません。
相変わらず罪を犯しているのですが、自分が清くなったと思う人は人を許せなくなります。
自分の頭で考えた善悪で人を裁いて悪に定めるのです。
しかし人を悪に定めると自分が善になってしまいます。
自分は善にはなりません。
イエス様だけが罪の無い善です。
人を裁いて罪に定めるなら、罪の無い人から石を投げてください。
だから、罪深い自覚のある人は人を許すことができるのです。
自分も間違えることを知っている、過去に同じようなことをしたことがある、同じように思ったことがある、その気持ちを理解できるなら、許せるのです。
幼稚だった時自分の感情に任せて行動した時があったでしょう。
人はどこまでも成長するものです。
どこかで自分は完成したと思うから自分が高くなるのです。
知識が豊富で経験もたくさんしたと思って自分を偉くしていると神を信じることができなくなります。



