龍渓山久松寺 洞 雲 院
於大の方ゆかりの祈りの古刹
令和 8年 9月25日(金)
場所 ・ 愛知県知多郡阿久比町大字卯坂字栗之木谷32
宗派 ・ 曹洞宗
創建 ・ 天歴2年(948年)
中興 ・ 明應2年(1494年) 久松定益
秋分の日が過ぎ、朝晩に涼しさを感じる今日この頃ですが、そろそろ羽毛布団の準備と思い、何時もの コインランドリー 店にやって来ました。
洗濯&乾燥機をセットしましたが、店員さんの説明では約 1時間 は十分に掛かると言う事でした。
そんな事で、宿題となっていた久松松平家の菩提寺 洞雲院 を訪ねようと思います。
今回は2度目なので、少しは落ち着いた気持ちで参拝出来そうです。
山門の前に立ち、改めて詳細に観察してみました。
すると、山門屋根の軒先瓦や鬼瓦に久松松平家代々の家紋である 星梅鉢 の紋を見つけました。
やっぱり、今日来たのは正解だったと改めて思いました。
本堂の お詣り では、また有ると思っていた小銭入れに10円玉が全く無く、仕方なく悔しい思い出 100円玉 を1枚投げ入れました。
合 掌 !
その場を離れようとした時でしたが、振り返ると屋根の 棟瓦 に何か輝くように光っていました。
それは、山門にも使用されていた 星梅鉢 の家紋でした。
その後、隣接された墓地入口に向かおうとした時でしたが、前回は素通りしてしまった 鬼瓦 に足が止まりました。
それには、やっぱり同じ様に 星梅鉢 の家紋を見つけ出しました。
ところで、チョットだけ気になったのは、もしかして往時の 坂部城 の遺構ではないのか、と言う有り得ない事が脳裏を横切りました。
そして前回は、墓地入口に建てられた石碑右下の ☞ を見逃す大失態をしてしまいました。
そんな事を反省しつつ、今回は ☞ の通りに右方向へと足を進めました。

すると、直ぐ前方には他の一般墓地とは全く違う 霊気が漂う ような数基の立派なお墓が祀られていました。
墓地の隅には、お墓の配置が記されていました。
やっと念願が叶い、徳川家康公生母 於代の方 の毛髪墓に手を合わせる事が出来ました。
合 掌 !
因みにですが、於代の方は慶長7年(1602年)に京都の伏見城で死去し、江戸小石川の 伝通院 に遺骨が埋葬されました。









