今日は、朝も暗いうちから布団の中で、夕べの天気予報を思い出し、もしも雨が降らなければ日本百名山の伊吹山の登山か、降っていれば福井県鯖街道熊川宿の観光と決めていましたので、気になって窓を開けて見るとやっぱり雨が降っていました。
鯖街道の歴史はガイドブックによると
若狭から京都へ至る多数の街道や峠道は魚介類を運ぶ輸送路として知られ、かつて約70Kmもの道のりを行商人たちが歩いたといわれる。運ばれた物資の代表格がサバだったことから「鯖街道」と呼ばれるようになった。京の都に着く頃には、ちょうど良い塩加減になったそう。京都の食文化の中に今も若狭の魚は生きている。
自宅(雨)6:35→福井県小浜市役所駐車場(曇り)10:30→熊川宿(晴れ)11:30→自宅(晴れ)17:00
小浜市役所の駐車場に車を入れ、駐車場角の信号を西に向かい歩いて行くと、いずみ商店街の歩道に御影石のプレートがありました。
それには、若狭鯖街道の起点を示す「京は遠ても十八里」の文字が刻まれていました。
ココが起点
起点プレートの直ぐ近くに、鯖街道資料館がありましたので、中へ入ってみると当時を偲ばせる資料が陳列をしてありました。
覘いて見るべし
起点を確認して駐車場へ戻り熊川宿へと再出発し、走行時間30分程で熊川宿の入り口である西口公園の駐車場へ着きました。
コレヨリ熊川宿
古い町並みを見ながらノンビリと歩いていると、資料館が目に付いたので入って見ることにしました。
昭和15年(1940年)に建てられたかつての村役場を改修した資料館で、鯖街道関係の資料やサバを運ぶ為に利用していた道具等が展示されています。
宿場館
入り口脇には当時の人形が飾ってあり、一人で60Kgのサバを運んだそうです。
かごや人力車
2階には商家の丁場らしきセットが置かれていました。
丁場
水路にはマダマダ現役の水車が回っていました。
水車
水路には勢い良く水が流れ、格戸毎に洗い場が設置されていました。
今回の旅で建築的に一番の印象に残り、ココで野菜等を洗っていた当時が偲ばれます。
水道
今でも家庭で使われている芋洗い器で、熊川宿でも売られていました。
芋洗い器
腹も減って来たので、茶店で昼飯?にすることにしました。
葛の店 まる志ん
席に着いて周りを見渡すと、またまた建築的に好いものを見つけました、昔の階段を利用して飾り棚にしていました。
階段下のタンスがオシャレなインテリアになっていました!
階段収納
注文の「サバ寿司」が運ばれてきましたので、早速に一口頂いてみると思わず口にしてしまったのが、うみゃ!デェリャウミャデカンワ!!
サバの身が厚くて、しかも脂が載っていて、酢や塩加減も良く、それにご飯の量もタップリでした。
サバ寿司
デザートに「葛きり」を頂きましたが、これが又ゼッピンで、透明でモッチリと弾力があり、歯ごたえ十分な食感が楽しめました。
付けダレの黒蜜とも相性が良いように思われました。
葛きり
食後に又、町並みをブラブラと歩いていて気が付いたのですが、街道には電柱が無く街道が広く感じられます。
此処は、「重要伝統的建造物群保存地区」の「若狭鯖街道 熊川宿」なのであります。
町並み
町並み
町並み
かつて「入り鉄砲に出女」の統制と物資への課税が行われていた熊川番所が復元されていました。
番所の建物
人形の顔が偶然にも熊川の誰かに似ているといゆう噂です。
番所のお役人
自宅に帰ってから、テイクアウトの焼き鯖寿司を頂きましたが、昼の生とは違って鯖らしい焼いた脂が、口の中で広がるのが良く分かります。
今日も安全第一の運転で無事に我が家に帰れた事に感謝!感謝!!