以前に「パン屋さんで一度サービスをしてもらってから常連ヅラして店に通うも、サービスはその時だけだった」という話を書いた。
その続きである。
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馴染みの店で「常連扱いされる」というのは、誰にとっても憧れであることには間違いない。だから私が、馴染みのパン屋さんで一個サービスされた後に常連ヅラをしてしまったことを責めないで欲しい。誰にでもあり得ることなのだから。
しかしそれではいけないと改心した私は、それ以降は常連ヅラすることはなく、むしろ「いや、別にサービスして欲しいなんて思っていないですからね」というオーラを全身から発してパンを買っていた。
それからというものの、不思議と穏やかな気持ちになっていた。求めない心──それが本来あるべき姿なのである。
というのも、一度サービスをしてもらったことにより、私は「サービスをしてもらえないと損した気分」になっていたのである。まったくどうしようもない人間だなと我ながら思うが、思ってしまったんだから仕方がない。
しかしサービスに対する煩悩を断ち切ることによって、サービスをされなかったことに対する落胆をなくし、心を穏やかにすることができたのだ。
まるで菩薩である。
たが世の中とは不思議なもので、こうやって私が煩悩を断ち切った途端、またサービスをしてくれるようになったのだ。
それからというものの、買うたびに毎回、しかも今度は二個サービスしてくれるということもあった。こうなってくると私はいよいよ自分が高貴な身分なのではないか、皇帝陛下なのではないかというような錯覚を覚えるのだ。
パンを二個くれたのである。
間違いなく、そこらへんの平民では体験できない出来事だ。やはり私は高貴な身分──それも皇帝陛下クラスの人間なのかもしれないと思うのには十分すぎる出来事である。
パン屋でパンを二個もらったことがあるか。
この問いにYESと答える人は少ないはずだ。(YESと答えた人がいたとすれば、その人も皇帝陛下なのかもしれない)
こう言ってはなんだが、常連である私がパン屋さんにとって、今や、かなりやんごとない高貴なお客様であることは間違いないのだが、それをひけらかしてはいけないことは十分に学んでいる。
私はまるで平民のように(本当は皇帝陛下であるのに──)「ありがとうございます」と礼をして、今世紀最大の喜びだとでも言わんばかりにスキップをしながら店を出るのだ。
だめだ、調子に乗ってはだめだ、サービスを求めない心を保て──。サービスは求めた瞬間に崩壊してしまう、だから求めない心を保て。必死にそう思おうとするがさすがに限界だ。何しろこっちはパンを二個サービスしてもらってるのだ。
私は皇帝陛下なので、パンをサービスしてもらうのは当然だ!
そう。間違いなく私は今、こういう気持ちなのである。




