想像してください。
ここに3枚の黒羽織があるとします。
色はもちろん、素材も、寸法も、新しさも、まったく同様の3枚の黒い羽織です。
外側から見ればまったく同じに見える3枚の羽織ですが、内側、つまり羽裏の模様がそれぞれ異なるとします。
1枚は、淡いパステルの地に可憐な花が描かれた羽裏がついています。
1枚は、ビビッドな赤の地にオリエンタル調の人物が描かれた羽裏。
1枚は、白から墨色の濃淡で龍が大きく描かれた羽裏です。
もし、家から羽織を着て外出し、一度も羽織を脱ぐことなく、つまり誰の目にも羽裏を見せることなく家に帰ってくるとしたら、3枚のどれを着ても気分は一緒だと思いますか?
きっと、気分はまったく異なるのではないかしら?
そしてその気分の違いというのは、着ている姿にもおのずとあらわれてくるのではないでしょうか。
そんなことを考えているのは、この本を読んだから。
岡重さんが出されている 「日本の粋と伊達 『羽裏』 」 。
先日たまたま図書館で見つけ借りてきたものです。
江戸時代、羽織は男性のものでした。
遊郭などに着て行き、羽織を脱いだときの周りの反応を楽しんだりしたのでしょうね。
例えばこんな柄を見た遊女たちは、拍手をして喜んだかもしれませんし、
こんな猛々しい羽裏は、男らしさのアピールだったのかもしれません(笑)
襦袢にしてもそうですが、内側に着るものというのはチラリと見せるところに極意があるというか、「わー、この人は見えないところにまで気を使っていてオシャレ~!」 と他人に思わせるところに意義があるんだろうなと、ずーっと思っていました。
つまりチラリズム。
ですが、この本を読んで意識が少し変わりました。
内側のオシャレというのは、なによりも自分のためなのではないかと。
華やかな柄を着れば、たとえそれが外に見えなくても華やいだ気持ちになるし、強い柄を身につければそれは自分自身の強さを引き出してくれる。
誰が知らなくても、少なくとも、自分一人だけは知っている。
それが羽裏のような気がします。
その気持ちの変化は着姿にも滲み出て、かわいらしさ、華やかさ、ユーモア、強さ、優しさ…などにつながっていく。
今の感覚でいえば、ラッキーカラーだとか、ラッキーモチーフだとかを身につければいいことありそうな気がしてくるじゃないですか。
ざっくり言えば、それと一緒☆
ちなみに、戦時中には戦争に関連する柄が多くつくられたのだそうです。
時代が反映されるのも羽裏なんですね。
こういう柄がつくられる時代は、二度と来ませんように。
さて、先日、羽織用にわたしが買ったこの反物。
羽裏までこだわる余裕あるかな~(笑)
この 『羽裏』 という本は、パラパラと眺めているだけでも楽しめる一冊です。
市田ひろみさんのコラムなども面白いですよ。
みなさんもぜひ、手に取ってみてくださいね!
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