『The Last Live』の会場では、プリプリの楽しい曲でも、ぜんぜん楽しくノれなかった(個人的に)。
日が経つにつれプリプリのライヴって、黙って静かに観賞するもんじゃないだろぅって、なんかモヤモヤが溜まってたんだよね(^^;)
(あくまで個人的な主観です🙇‍♀️)

だからパイロットでガチで
「ウリャァーぁっヽ\(≧д≦*)))」
って感じで腕を振ってた💦
マスクが口に吸い付く。息苦しい。呼吸がうまく出来ない・・・でも
やっぱプリプリはこうでなきゃ!
椅子に座って前のめりだと、顔が床に向いてるんだよね。
「そんなの関係ない!」
いやいや💦せっかく一番前の席だし
「もったいないだろ😅」
顔を上げた
見上げた先に・・・😳

😆マッドさんの🤣
🤣抜群の😂笑顔😊が待っていた😆
バラ色の時はいつもバラにちなんだ曲が流れる
@440
ちなみにここで聴く加藤登紀子さんの『百万本のバラ』がめちゃくちゃ好きなんです🌹
(客席暗くなる)
昭和アイドルチックなこの曲調を聴いたことがあるような、これはもしかして
(  ̄▽ ̄)

入場曲
(ボーカル中山加奈子)合宿しない?/赤坂小町
メンバーさん入場!
最後に登場の
中山加奈子
(昭和のアイドルチックな曲からいきなり)
ガッツリROCKな
1. HELLOW HELLOW
横目で中山さんライヴの常連さんたちを見ながら
「おいッヾ(≧ω≦*)」
中山加奈子の
バラ色のバレンタインデー
~40周年ありがとうライヴ~
2023年2月14日(火)
@下北沢440
【出演】
中山加奈子 with 真っ赤な太陽
中山加奈子(Vo,Gt)
友森昭一(Gt)
坂井紀雄(Ba)
大内“MAD”貴雅(Dr)
【1983】
『実は私、高校卒業したら武蔵野音楽学院に行く予定だったんだよ!』
進路が決まっていた中山さんが雑誌に載ってた
《ガールズバンド大募集‼️》
〈新ビートルズ神話誕生!〉
を見て、高校を卒業すると当時いたバンドもなくなるし、応募してみよう!
落ちても新しいバンドのメンバー探せればいいかなぁ的な感じで応募したらしい。
オーディション当日、実はその日 武蔵野音楽学院のクラス割りの日で日程が被っていたらしく
『どっちに行こう😣』
悩む品川行きの京浜急行(赤い電車)の中💦
『一か八かオーディションを受けてみよう
( ・`ω・´)』
そして
『受かったのです(^-^)』
(๑• ̀д•́ )✧+°ドヤッ
客席「゚+。:.゚おぉ(*゚O゚ *)ぉぉ゚.:。+゚」
満場一致の👏👏👏👏👏

ハードロック系のバンドでやると
『勝手に思っていた』
オーディション合格のご褒美のハワイ旅行(合宿)で送られてきたThe Nolansの『ダンシングシスター』と河合奈保子さんの『けんかをやめて』Σ(・∀・;)(かなりの衝撃だったとのこと)
アイドルバンドを作るために集められた・・・。

大好きで高校時代から演っていたザ・ランナウェイズの
2. Charry Bomb
オーディションでこの曲をメトロノームに合わせてギターを弾かされた(;・∀・)
『大好きな曲Charry Bombのような曲を演るんだろうなぁーと思ってた』
『その私が赤坂小町時代で演った曲』
(超貴重!音源はデモテープのみ!)
3. ダンシングエンジェル
カナ『まさか58になって、この曲を演るとは思ってなかった(^o^;)』
カナ『でもいい曲でしょう照れ
(六本木心中や矢沢永吉さんの曲を手掛けた(作曲家・作詞家音楽ユニット)NOBODYが作ってくれた)
(本当に思ってた以上に良い曲でした😊)

18歳の頃の中山さん。フリフリの衣装を着せられて・・・
カナ『私の思ってるものとは違うΣ(lliд゚ノ)ノ』
『でも踏ん張りました(^-^)』
【1984】
赤坂小町がスタートして、そのほとんどがジャスコ廻り。
コアラに縁のあるこのバンドは
『小町号から楽器を下ろしてコアラを下ろす(^^;)』
『当時のマネージャーがコアラを被り踊る』
ステージ横を小さい女の子が通り
「うるさいっ(*`Д´*)」
ロック兄ちゃんが通れば「ケッ(#゚Д゚)」

カナ『地道に活動していました😭』
私たち『このままじゃいけない( ・`д・´)』
オリジナル曲をつくらねば!
血判状じゃないけれど
『みんなで誓いの『ピアス』を開けよう!』
事務所に内緒で夜中スタジオを借りて練習!
借りる時の名義は
バンド『ピアス』
18、19の成長期、お腹が空くのでいっぱいの
『ゆでたまご』を休憩時間に食べていた(^-^)

(超訳すると)
『よしっ!私たちは納豆ゼリーをつくる!』
の理論( ̄□ ̄;)!!

(勿体なくて袋から出せない)
『40周年ありがとうタオル』(^^;)
マネージャーが興行先ともめる→そのまま逃亡(失踪?)
残された赤坂小町たちと小町号(・_・;)
レコード会社から派遣された運転手。その人の運転でイベントツアーは続行。
同じ時期にレコード会社から
「赤坂小町(-。-)y-゜゜゜もういらない😩」
カナ『募集で集めといて・・・それはない😢』
派遣された運転手だった人が誘ってくれたのが、後の『JULIAN MAMA』の事務所。

【1985】
JULIAN MAMA時代はカバー曲ばかりを演らされた。当時は不満だったようですが、でも
『膨大な量の洋楽を演らされたおかげで、後の音楽活動の糧になったと思うニコニコ
甲斐バンド好きな個人事務所の女社長。
甲斐バンドの曲もカバーさせられたり、
『日本語なのに甲斐バンドの曲に歌詞を付けて歌わされた(^^;)』
中山さんのお父様が亡くなられて間もない時に、どキツい歌詞を歌わされたりもしたらしい。
その事務所の後半ころは
カナ『んっ(  -_・)?なんかおかしい。』
服装:豹柄禁止
極めつけは
髪型:全員マッシュルームカット
『香も髪を切られ、それが決定的に・・・』
『それ以外でも口では言えないようなことガーン
ジュリママメンバー『もう辞めるしかない😠』
メンバー全員で女社長に言いに行く。行く前に
カナ『緊張し過ぎて、焼きそばパンを食べた😅』
メンバー大ウケ!
(会場笑い😆)
社長を前にして
『私たち事務所を辞めますプンプン
きょん大泣き(இдஇ )ブワッ
(会場爆笑🤣)

(整理番号 1番に乾杯( ̄ー ̄))
辞める前頃には実は
『PRINCESS PRINCESS』
になっていた!
シンコー・ミュージック、キスクラ
刻が少し進み(ページがめくられ)
【1988】
『1988年に私が作詞作曲した曲!』
4. GO AWAY BOY
この曲の間奏の時、大きく手拍子なのか腕を振るのかいつも悩むんだよね😅
『キーボード今野登茂子さんが曲を書いて、私が詩を書いた』
5. 『パイロットになりたくて』!
序盤、腕振りのタイミングとか周りに合わせようと・・・いちばん前だから後ろは見えず、お隣の常連さんに合わせてた!
後半は「ヒャッホぅ~(*≧∇≦)ノ」状態だったかな(^^;)
それでもまだこの時点では控え目でしたよ😅
真っ赤な太陽メンバーここで退席
中山さんひとりが残り
【1992】
中山加奈子プリプリ作品メドレー
《Gt.弾き語り》
(このライヴ神回の予感!後編に続く)





2023/2/18(土)これに行きたかった😭
トラブル対応で休日出勤して、終わったのが確実に間に合わない時間だった・・・(>_<、)
この子たち、バラ色に来てたみたいだね!
今度ライブに行ってみよう😊