どもどもキムです。
世界一周の話を書こうと思ったらかなり遠回りしちゃっている最中です笑
沖縄聖地巡礼で「動こう」と思った途端、色んな人に出会い辿り着いたてんつくマンのHP
そこに書いてあった言葉は「動けば変わる」
HPにはてんつくマンがやっている色んなプロジェクトが並んでいた。
とりあえずメルマガを登録してみる。
届いた1番最初のメルマガに書いてあったのは、
「誰か一緒にカンボジア行かへんか〜」だった。
当時のカンボジアのイメージは内戦が終わった後で治安も悪く貧しくて悲惨な国。
海外経験はほぼなかったし、危険なイメージのカンボジアに行く事は僕にめちゃくちゃハードルが高くて不安だった。
でも、すぐに申し込んだ。
いや、もう20年も前のことだから記憶が定かではない。。。
めっちゃ悩んだかも(笑)
当時、セラピストの勉強は終わっていたものの、あまり自信を持てていなかった。
人の不安や悩みを消したりするお手伝いをしたいのだけれど、
そもそも僕は人生で悩んだりした事がない。
唯一落ち込んだ記憶と言えば、何回も繰り返される失恋くらい(笑)
多くの成功者がすごい失敗とか辛い経験を糧にして成功してたりするから、
平坦な自分の人生はどこかコンプレックスだった。
悲惨な国のカンボジアの貧しい人たちを見れば何か自分の人生に深みが増すんじゃないかという
浅はかな期待もあった。
実際に行ってみたカンボジア。
ホテルの入り口にはいつも物乞いがたくさんいて、
僕たちが外に出るのを待ち構えている。
たくさんの子どもたちにたかられる。
夜は絶対に外を歩くな。
そう言われていた。
確かによく銃声が聞こえてくる。
正直怖い。
スラムに行くと辺り一面ゴミだらけで酷い悪臭がする。
地面はぬかるんでいてドロドロしてて、
その中を子供達が裸足で駆け回っている。
知らないおじさんの冷たい目線。
何も知らない僕はあれもこれも怖かった。
僕はボランティアという言葉が嫌いだった。
子どもも嫌いだった。
よくテレビでは黒柳徹子がエチオピアの貧しい子供達の支援をしていて、
汚い子供達を抱いては「かわいい」なんて言っていて
絶対に嘘だと思っていた。
偽善者だと思っていた。
今までの人生の中では、
子供がいても関わることはなかったし、
お前には興味がないから近づくなよってオーラが出てたと思う。
スラムの子供達は汚かった。
裸足でドロドロの中を走り回って、
何日も洗っていないであろう汚い服を着て、
熱いカンボジアでシャワーも浴びていないだろう、
髪はボサボサ、体臭もある。
当然僕は子供達に近づくなよってオーラを出す。
日本の子供ならこれで誰も近づいてこない。
ところがスラムの子どもたちは違っていた。
髪の毛ボサボサできったない体できったない服を着たくさい子どもたちが
僕のことを遊んでくれる人だと勝手に認識してつねってきたり蹴飛ばしてきたりする。
僕は本気で嫌だったので「やめろよ!」と凄んで見せる。
ところがそれを子どもたちがまた喜んでさらにちょっかいを出してくる。
いくらやめろと言ったところで子どもたちはどんどんエスカレートして
気がついたときには子どもたちに取り囲まれて、
「おりゃー!!」とか「キーーック!!」とかやっていた。
こちらは一人の大人。
向こうは無限にいるんじゃないかと無限に遊ぶんじゃないか思うくらいの子どもたち。
僕が疲れ切って休んでも容赦無く、蹴飛ばしてきたり、帽子を取ったり。
僕はまた「何すんじゃーー!!」とか言って反撃するの繰り返し。
初めてだった。
大人というものになってから、何も考えずに全力で遊ぶこと。
気がつけば、臭くて汚い子供たちも僕も、みんなで汗だくになっていた。
汗だくの僕に、汗だくて鼻水を垂らした汚い子どもたちが
抱きついてくる。
日本に育った僕には、汗とは気持ち悪いものだった。
満員電車で隣のおっちゃんが汗をかいていればめっちゃ嫌だったし、
僕は汗をかいていれば、誰にも触れないようにめっちゃ気をつけていた。
僕の汗がみんなの迷惑だと思っていた。
汗だくの僕を抱きしめてくる、汗だくてカピカピの臭い子どもたち。
とにかくとにかく
愛しかった。
嬉しかった。
人見知りでいつでも人と距離をとり、
本音を言うことが無い僕を無条件で抱きしめてくれる
たくさんのかわいいかわいい子どもたち。
黒柳徹子は嘘をついてなかった。
カンボジアにハマった。
てんつくマンに志願して、これから始めるカンボジア支援の担当者になった。
カンボジアのスラムの人たちはみんな元気でパワフルだった。
プノンペン中のゴミが全部集められるゴミ山があった。
そこでゴミを拾って暮らしてる人たちがいた。
ゴミが腐敗して発火して煙が立ち込めている。
スラムどころじゃない衛生状況の悪さ。
マスクをしていないと息もできないくらいの臭いと刺激で
すぐに喉が痛くなる。
真っ黒な地面かと思えば、ハエの大群が地面を覆い尽くしているだけ。
そんな強烈な場所にブルーシートを敷いて、ブルーシートで屋根を作っただけの
ような家とは言えないもので暮らす家族がたくさんいた。
ゴミ山で暮らす人たちも元気だった。
夢を語ってくれたり、一緒にペットボトルのゴミを拾っていると、
「下手だな〜」と嬉しそうな顔で僕たちにペットボトルを分けてくれたりしてきた。
貧しくて悲惨な国カンボジア。
でも、そんなカンボジアに行くと日本人はみんな元気になっていった。
「カンボジアは貧しい。だけど心は豊かなんだ」
何度も何度も色んなカンボジア人から聞いたセリフ。
お金はあるけれど元気なくつまらなそうに暮らす日本人と
お金はないけれど元気に逞しく生きるカンボジア人。
どちらが幸せなのか。。。
幸せや毎日楽しく暮らすことと、お金持ちか貧乏かと言うことは
全く関係がないんだ。。。
強烈に思った。
つづく