喫茶きむ
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どもどもキムです


のんびりしてたらすごい間が空いてしまいました。



全くお金のない山暮らし。


やる事は炭を焼くか

山の整理をする事だけ。


元々は荒れ果てた暗くて鬱蒼とした山だったが、

雑木は切って薪にする。

絡まったツルは引っ張って取り除くと、

陽の光がどんどん入ってきて、

気持ちいい空間になっていく。


家の中の整理整頓や掃除は苦手だけど、

山の整理は楽しくて仕方なかった。


自分でキレイにした森の中、

木々の向こう側にはキラキラ光る海。


うっとりするような景色の中で、

コーヒーを飲む。


キャンプなんかでは味わえない気持ちよさだった。


面白がって色んな人が遊びに来た。


当時は人気のあったテレビ番組「銭金」に

出ないか?という話もあった。


そして炭焼きも楽しかった。


炭焼きは例え同じ窯を使っていたのとしても

作る人によって全然違うものになる。


どれくらい竹を乾燥させるか?

どんな薪を使うか?

どれくらい空気を通すか?


一度火を入れたら中は見れないから

判断材料は煙だけ。


煙の色や匂いや味、そして温度を確かめながら

試行錯誤を繰り返す。


うまくいかないとボロボロの柔らかい炭ができて、

うまくいった時はカチカチのズッシリした炭が出来る。


炭を焼いている時に出る煙の匂いがすごく大好きで、

窯の上にハンモックを吊るしてそこで寝る。


煙のおかげて蚊は来ないし、

(煙がない時は蚊とアブがすごい)

窯から来る遠赤外線で体はポカポカを通り越して

汗だくになる。耐えられなくなると海に入る。


それが最高に気持ち良かった。


この後、元嫁さんと結婚する事になり、

山暮らしは終わるけれど、


お金がなくても大丈夫。

どころかめっちゃ豊かで幸せ


カンボジアの人たちとの出会い、

そして山暮らしでの体験から


最悪、お金も家もなくてもなんとかなるでしょ🎵

それはそれできっと楽しいはず🎵


そう思えるようになったのでした。


この体験があったからこそ、

僕は家を売って世界一周に行くという決断を

簡単になんの不安もなくすることが出来たのでした♪






どもどもキムです。

 

ブログ楽しみにしてます🎵とごくごく少数の人にでも言ってもらえて

喜んでおります。

 

 

 

 

 

カンボジアで貧しい暮らしの中で楽しそうに暮らす人たちとたくさん出会い、

お金があるかどうかと幸せかどうかは全く関係ないんだ〜!と気づいたキム青年は

 

その後竹炭職人になります。

 

きっかけは、カンボジアのスラムの暮らし。

水道も電気もない暮らし。

 

近くを流れるめっちゃ汚い川で遊ぶ子供たち。

汚い川の水を沸かして料理に使ってる家。

 

腸チフスでお腹はぽっこりしてる子供や、

足のちょっとした傷が化膿してひどくなっている子、

 

そんなスラムの暮らしをもっと良くできないか?とみんなで話し合っているときに、

ふと誰かが「竹炭がいいんじゃない?」と言ったことがきっかけだった。

 

竹炭があれば水がキレイに出来る。

そして竹炭を作るときに出来る液体、竹酢液があれば傷の消毒ができる。

炭だから煮炊きにも使える。(スラムでは七輪を使ってる家庭がたくさんあった)

 

竹ならカンボジアにもたくさんある。

 

お〜!!それはいい!!ということで

日本で竹炭を焼いている人たちに会いに行った。

 

竹炭の素晴らしさにも魅了されたけれど、

何より影響を受けたのが、炭を焼いているおじいちゃんおばあちゃんたちがみんな楽しそうだったこと。

 

元々火遊び好きだったことも相まって、自分が炭を焼きたくなってきてしまい、

炭焼きを始めることに。

 

そもそも炭焼きは喰っていけるような職業ではない。

 

だから色んな人に止められた。

 

そんなんで稼げないからやめろと。

 

でも、よくわからない自信があった。

 

「あなたたちは無理でも俺は出来るから。。。」

心の中でそんな風に思ってた。

 

で、始めてみたものの、全く稼げなかった(笑)

 

 

そりゃそうだ。

そもそも竹炭なんて誰もいらないのだから。

人生に全く必要ない。

 

いつしか自分が稼がないことを竹炭のせいにしていた。

 

「いや〜竹炭って儲からないから。。。」

 

 

何度このセリフを口にしたことか。

 

 

炭は焼いて大量にあるけれど売れないから在庫も減らない。

 

元来グータラしがちな僕は、稼げもしないのに借りたアパートで

何もしないような無駄なネットサーフィンをして過ごす。

 

そんな日々だった。

 

周りの仲間たちが色んな活動をして輝いているのを尻目に

一人グータラするそんな自分が嫌で僕は決心をした。

 

炭を焼く窯は山の中。

 

この窯の前にテントを立ててそこで暮らせば、

お金もかからないし、電気もないから無駄なネットサーフィンもしないし、

やることと言えば炭を焼くことしかないから、

 

こんな自分でも充実した暮らしができるんじゃないか?

 

そんな風にワクワクして、

ネットオークションで8人用の大きなテントを3000円で買い、

そこに布団を持ち込んで、山奥に一人で暮らし始めることにした。

 

カンボジアのスラムと一緒で水道もガスも電気もお金もない。

 

ワクワクした。

 

 

お鍋、ちょっとだけの食器、ちょっとだけの服、水のタンク、わずかな食料。

テント暮らしが始まった。

 

初日の夜。

 

夕方暗くなってきたので、僕は近くから薪を集めて火を起こした。

 

お鍋を火にかけ、ジャガイモをゆがいた。

 

どんどん辺りは暗くなっていく。

 

お箸は忘れたからその辺の枝。

 

食べる頃には火の灯り以外何も見えないくらい真っ暗だった。

経験したことが無いような暗さ。

 

聞こえてくるのは木の葉の擦れる音と遠くの波の音。

 

誰もいない。

この世に自分一人しかいないんじゃないか?というくらい誰もいない。

 

正直怖い。

でも、すごくワクワクもしている。

 

一人で切り株に座って、鍋の中のジャガイモに木の枝を刺して、

熱々のジャガイモを食べた。

 

とんでもなく美味しかった。

 

びっくりした。

 

ジャガイモがこんなに美味しかったなんて!!!

 

それから半年。

 

僕は山奥でテント暮らしをした。

 

本当にお金はない貧しい暮らしだった。

 

主食はバキバキに折れて売り物にならないからいただいたそうめん。

 

余ったお野菜はたくさんいただけたし、

時折面白がって友達が色んな差し入れをくれた。

 

ししゃもやスパム、カップラーメン。

 

ししゃもをもらった時は、あまりの嬉しさと勿体なさで

1尾だけ食べて取っておいたら、夜のうちに鹿に全部食べられてしまった。

 

スパムもケチってちょっとずつ食べようと思ったら、

次の日の朝、野犬がスパム缶に顔を突っ込んで興奮して食べてた。

 

野生に生えてる果物はたくさん食べた。

 

イチジク、ビワ、夏みかん。

 

普段は炭焼きをしたりテントの周りの山をキレイに整備したり。

汗でベトベトになったら海に入った。

 

夜になればご飯を食べながら火を眺める。

 

朝日と共に目覚める。

 

 

人生で1番豊かだったのはいつですか?と聞かれたら

僕は間違いなくこのテント暮らしをしていた頃と答えるだろう。

 

それくらい豊かだった。

 

一つ一つの食べ物のありがたさ。

水のありがたさ。

火のありがたさ。

火を繋げてくれる木への感謝。

 

この頃はよく思っていた。

曜日は感謝するためにあるんじゃないかと。

 

月曜日は月に感謝。

火曜日は火

水曜日は水

 

と。

 

そしてたまに体験する世の中の便利さへの感謝もよく感じた。

 

水道を捻ると水が出る!!!

スイッチを入れたら電気が繋がる!!

お風呂を沸かしてくれる!

食料を冷やしておいてくれる!!

氷がある!!

 

当たり前だった日常がいちいち新鮮に映る。

 

たくさんのカンボジア人が言っていたこと

 

「僕たちはお金はなくても心は豊かなんだ」はこれだ!とまさに体感できた日々だった。

 

僕はますますお金はなくても幸せに生きていけるということを信じるようになった。

 

つづく

 

どもどもキムです。

 

世界一周の話を書こうと思ったらかなり遠回りしちゃっている最中です笑

 

 

 

 

 

 

沖縄聖地巡礼で「動こう」と思った途端、色んな人に出会い辿り着いたてんつくマンのHP

 

そこに書いてあった言葉は「動けば変わる」

 

HPにはてんつくマンがやっている色んなプロジェクトが並んでいた。

 

とりあえずメルマガを登録してみる。

 

 

届いた1番最初のメルマガに書いてあったのは、

「誰か一緒にカンボジア行かへんか〜」だった。

 

当時のカンボジアのイメージは内戦が終わった後で治安も悪く貧しくて悲惨な国。

海外経験はほぼなかったし、危険なイメージのカンボジアに行く事は僕にめちゃくちゃハードルが高くて不安だった。

 

 

でも、すぐに申し込んだ。

いや、もう20年も前のことだから記憶が定かではない。。。

めっちゃ悩んだかも(笑)

 

当時、セラピストの勉強は終わっていたものの、あまり自信を持てていなかった。

 

人の不安や悩みを消したりするお手伝いをしたいのだけれど、

そもそも僕は人生で悩んだりした事がない。

 

唯一落ち込んだ記憶と言えば、何回も繰り返される失恋くらい(笑)

 

多くの成功者がすごい失敗とか辛い経験を糧にして成功してたりするから、

平坦な自分の人生はどこかコンプレックスだった。

 

悲惨な国のカンボジアの貧しい人たちを見れば何か自分の人生に深みが増すんじゃないかという

浅はかな期待もあった。

 

実際に行ってみたカンボジア。

ホテルの入り口にはいつも物乞いがたくさんいて、

僕たちが外に出るのを待ち構えている。

たくさんの子どもたちにたかられる。

夜は絶対に外を歩くな。

そう言われていた。

確かによく銃声が聞こえてくる。

 

正直怖い。

 

スラムに行くと辺り一面ゴミだらけで酷い悪臭がする。

地面はぬかるんでいてドロドロしてて、

その中を子供達が裸足で駆け回っている。

 

知らないおじさんの冷たい目線。

 

何も知らない僕はあれもこれも怖かった。

 

僕はボランティアという言葉が嫌いだった。

子どもも嫌いだった。

 

よくテレビでは黒柳徹子がエチオピアの貧しい子供達の支援をしていて、

汚い子供達を抱いては「かわいい」なんて言っていて

 

絶対に嘘だと思っていた。

偽善者だと思っていた。

 

今までの人生の中では、

子供がいても関わることはなかったし、

お前には興味がないから近づくなよってオーラが出てたと思う。

 

スラムの子供達は汚かった。

裸足でドロドロの中を走り回って、

何日も洗っていないであろう汚い服を着て、

熱いカンボジアでシャワーも浴びていないだろう、

髪はボサボサ、体臭もある。

 

当然僕は子供達に近づくなよってオーラを出す。

 

日本の子供ならこれで誰も近づいてこない。

 

ところがスラムの子どもたちは違っていた。

 

髪の毛ボサボサできったない体できったない服を着たくさい子どもたちが

僕のことを遊んでくれる人だと勝手に認識してつねってきたり蹴飛ばしてきたりする。

 

僕は本気で嫌だったので「やめろよ!」と凄んで見せる。

 

ところがそれを子どもたちがまた喜んでさらにちょっかいを出してくる。

 

いくらやめろと言ったところで子どもたちはどんどんエスカレートして

気がついたときには子どもたちに取り囲まれて、

「おりゃー!!」とか「キーーック!!」とかやっていた。

 

こちらは一人の大人。

 

向こうは無限にいるんじゃないかと無限に遊ぶんじゃないか思うくらいの子どもたち。

 

僕が疲れ切って休んでも容赦無く、蹴飛ばしてきたり、帽子を取ったり。

 

僕はまた「何すんじゃーー!!」とか言って反撃するの繰り返し。

 

初めてだった。

 

大人というものになってから、何も考えずに全力で遊ぶこと。

 

気がつけば、臭くて汚い子供たちも僕も、みんなで汗だくになっていた。

 

汗だくの僕に、汗だくて鼻水を垂らした汚い子どもたちが

抱きついてくる。

 

日本に育った僕には、汗とは気持ち悪いものだった。

 

満員電車で隣のおっちゃんが汗をかいていればめっちゃ嫌だったし、

僕は汗をかいていれば、誰にも触れないようにめっちゃ気をつけていた。

 

僕の汗がみんなの迷惑だと思っていた。

 

 

汗だくの僕を抱きしめてくる、汗だくてカピカピの臭い子どもたち。

 

とにかくとにかく

愛しかった。

嬉しかった。

 

人見知りでいつでも人と距離をとり、

本音を言うことが無い僕を無条件で抱きしめてくれる

たくさんのかわいいかわいい子どもたち。

 

黒柳徹子は嘘をついてなかった。

 

カンボジアにハマった。

 

てんつくマンに志願して、これから始めるカンボジア支援の担当者になった。

 

カンボジアのスラムの人たちはみんな元気でパワフルだった。

 

プノンペン中のゴミが全部集められるゴミ山があった。

そこでゴミを拾って暮らしてる人たちがいた。

 

ゴミが腐敗して発火して煙が立ち込めている。

スラムどころじゃない衛生状況の悪さ。

マスクをしていないと息もできないくらいの臭いと刺激で

すぐに喉が痛くなる。

 

真っ黒な地面かと思えば、ハエの大群が地面を覆い尽くしているだけ。

 

そんな強烈な場所にブルーシートを敷いて、ブルーシートで屋根を作っただけの

ような家とは言えないもので暮らす家族がたくさんいた。

 

ゴミ山で暮らす人たちも元気だった。

 

夢を語ってくれたり、一緒にペットボトルのゴミを拾っていると、

「下手だな〜」と嬉しそうな顔で僕たちにペットボトルを分けてくれたりしてきた。

 

貧しくて悲惨な国カンボジア。

でも、そんなカンボジアに行くと日本人はみんな元気になっていった。

 

「カンボジアは貧しい。だけど心は豊かなんだ」

 

何度も何度も色んなカンボジア人から聞いたセリフ。

 

 

お金はあるけれど元気なくつまらなそうに暮らす日本人と

お金はないけれど元気に逞しく生きるカンボジア人。

どちらが幸せなのか。。。

 

幸せや毎日楽しく暮らすことと、お金持ちか貧乏かと言うことは

全く関係がないんだ。。。

 

強烈に思った。

 

 

つづく