今日は母の日。

 

長めの妄想です。

 

お時間がありましたら、どうぞ。

 

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「そんな馬鹿なことが・・・」

弟から久しぶりの連絡があった。

母が緊急入院したという。

薬剤師の母は、働き者ではあったが

人一倍、自分の健康には気をつけていたはずだ。

 

 

何か、注意不足になるようなことがあったのだろうか。

「彼女も連れてきて」

弟はそう頼んだ。

恋人の涼子とは、この6月に結婚する予定だ。

入籍だけ済まし、披露宴も大げさなことをする予定はない。

母や姉、弟を招くかまだ、決めかねていた。

祝宴は知人が経営するレストランで開くので

招待客の人数は直前まで融通が利く。

 

母と別れたのは、私が10歳の時だから20年前だ。

父の浮気が発覚し、潔癖な母は別れることを選んだ。

3人の子どものうち、姉と弟は母に付いていったが、

私は父を選んだ。

定職につかない父は生活力に不安があった。

「一緒に来ないの?どうして?」

「お父さんが独りぼっちじゃかわいそうだから」

母の問いに私はそう答えた。

 

母は父と別れてから5年後、勤め先の病院の医師と再婚した。

先方も再婚だったが子どもはいなかった。

そのせいか、再婚相手は

当時高校生だった姉や中学生になりたての弟を

可愛がってくれたようだ。

姉が結婚するとき、私も招待された。

しかし、私は父のことを思い、遠慮した。

「私たちは姉弟なのよ。お父さんとお母さんのことは関係ないでしょ」

そう姉に言われたが、行く気になれなかった。

というよりも、再婚した母に会いたくなかったのだ。

実際、私は、母が家を後にしてから一度も会っていない。

意地っ張り?

そうなのだろう。

母を裏切った父。

父から離れ、別の男と結婚した母。

道義的にはともかく、うまく整理できないのだ。

 

父は離婚した後、人が変わったように働き始めた。

もともと、人付き合いだけは得意な父。

地元の自動車販売店に営業マンとして採用され、実績を上げていった。

「お前を行きたい大学に行かせてあげなくちゃ、母さんに笑われるからな」

おかげで奨学金を使うこともなく、薬学部を卒業できた。

教授に気に入られた私は、大学に残り、修士も終えて、今は非常勤講師(特任講師)になった。

父は私の先行きが分かって安心したのだろうか、62歳の若さで、昨年、あっけなく亡くなっていた。

 

涼子は同じ大学の医学部の付属病院に勤務する看護師で、

仕事上の付き合いから親しくなった。

涼子は「どうしてお母さんに会わないの」としきりに尋ねてくる。

「居場所が分かっているのに、20年も会わないなんて、おかしいわよ」

「これは僕の問題だ。放っておいてくれないか」

 

そうした時にかかってきた弟からの電話だった。

医師になった弟とは、年に1、2度会っていた。

気づまりなこともなかった。

 

「涼子ちゃん、できたら、一緒に行ってくれない?」

弟の電話を切ったあと、涼子に連絡した。

「もちろんよ。車で迎えに来て」

その日、代休で自宅にいた私は、涼子の勤務先の病院に向かった。

母の再婚相手は、数年前、父親のクリニックの経営を引き継ぐため

隣の県に引っ越していた。

あまり、車の運転が得意ではない私は

カーナビの指示に従ってハンドルを操作するのが精いっぱいだった。

助手席に座った涼子も、たいして車の運転は上手ではない。

「似た者同士とは僕らのことだね」

「何のこと?あ、次の次の信号を右よ」

涼子が言ってからしばらくすると、カーナビが右折を指示した。

「?」・・・違和感を覚えたが、もう曲がり角。

緊張しながら右折レーンに入る。

 

母が緊急入院したという病院の前には、弟が待っていた。

「駐車場はあっち。停めたら、入り口に来て。涼子さんはここで降りて」

「?」また違和感。

入り口に行くと、姉とその娘がいた。

姉は結婚直後に、夫とともに、父を訪ねてきていた。

その後も、時折、遊びにいていて、父の最期にも間に合っていた。

「遅いわよ。安全運転第一なのは分かるけど」

「いいから、病室に連れて行って。あれ、彼女は?」

「涼子さんは先に行ってるわよ」

「?」どうして・・・

 

個室だった。

危篤状態なのだろうか?

病室に入ると、母と涼子が親しげに話す姿が目に入って来た。

「やっぱり結婚が近づくと、ますます綺麗になるわね」

「ありがとうございます。彼が優しいからです」

「母さん、具合が悪いんじゃないの」

「来てくれたのね、嬉しいわ」

「緊急入院って聞いたけど」

「今朝の地震で、驚いてベッドから落ちたのよ。腰を強く打ったので、念のため、入院ってことに」

「え・・・」

「兄ちゃん、ごめん。そうでも言わないと、母さんに会わないだろ」

「涼子さんも披露宴には母さんに出席して欲しいって言ってくれてるのよ」

「涼子ちゃん、どういうこと?」

「あのね、お母さまにはもう2度会ってるの。だってそうでしょ、あなたを産んでくれた人なんだから。2度目にお会いした時、お姉さまや弟さんも紹介していただいたの」

「道を間違えて、なかなか着かなかったわね」

「お姉さま、それは内緒だったのに」

「つまり、僕だけ何も知らなかったってことか」

「兄ちゃん、ちょっといいか」

 

弟が私を病室の外に連れ出した。

「母さんは、そんなに長く生きられないんだ」

「どういうことだ」

「難しい癌なんだ。伝えていないけど、母さんもうすうす気づいている。涼子さんには言ってない。でも、勘の鋭そうな人だ。何かあるって分かっているかもしれない」

「そんな・・・」

「この20年間、母さんは僕ら2人よりも、兄ちゃんのことをずっと気にしていた。父さんから姉ちゃんに、時々、兄ちゃんの話が伝わってきた。それを聞くときに母さんの嬉しそうな顔ったらなかったぜ。兄ちゃんが薬学部に受かったと知って、ホントに飛び上がって喜んでいたよ。卒業式の日は大学に行ってたんだよ」

「・・・」

「親にとって、子どもはいくつになっても子ども、というのは、その通りだと思うよ」

 

私は病室に戻った。

涙は瞳の奥に隠した。

「母さん、腰を早く治して」

「うん」

「ドレス姿の涼子ちゃんを見に来てね」

「いいの?」

「呼ばないと、涼子ちゃんに叱られちゃうからさ」

 

母の笑顔の向こう側に

幼いころ、遊んだ公園が見えた気がした。

「ご飯よ」と呼びに来た母の笑顔が眩しかった。

あの公園のことは

生涯忘れることはないだろう。

 

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