バレンタイン向けの妄想です。
時間があったら、どうぞ。
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「風越さん、こんな感じでどうかしら?」
「どれどれ?・・・いいじゃない。よく書けていると思うよ。いや、思いますよ、社長」
「社長はやめて。敬語も。これまで通り、名前で呼んでね」
「分かったよ、杏菜ちゃん」
名前と同じように、容姿まで石井杏奈に似ている彼女。
部数1万5000部の地域コミュニティーペーパー「わが街」を発行している会社の社長でもある。
それなりに偏差値の高い有名大学を卒業しながら、父親が経営していた会社に就職したのだ。
その父親は「また感染症が流行り出したら、どこにも行けなくなる」と言って妻、つまり杏菜の母親と一緒にワンボックスカーで日本全国をめぐる旅に出た。
「会社はどうするの?」と質問した娘に
「お前が社長をやれ。編集は風越君に頼め」とあっさり告げた。
杏菜は24歳にして社長になり、10歳年上の風越と協力しながら地域紙の発行を続けることになった。
会社と言っても、他の正社員は経理その他を担う黒木春子だけ。
契約ライターが数人。
広告も風越が営業して取ってきている。
専攻が英文学だった杏菜は、父親も記事を書いていたことを思い出し、自分も記事を書きたいと言って、風越に指導してもらうことにした。
今回記事にしたのは、地元の公民館で行われたバレンタイン向け手作りチョコのイベント。
講師が来て、高齢者を対象に、作り方を指導していた。
「あれから8年かぁ」
「やめて、風越さん。もう忘れて」
「そうはいかないよ」
8年前、風越は全国紙の記者として、この街の支局で働いていた。
杏菜の父親、竹村隆とも取材先で顔見知りになっていた。
「風越ちゃん、暇?」
携帯にかけてきた竹村が言った。
「何すか?今夜は夜勤があるんで飲めませんよ」
「あ、そっちじゃなくて、うちの奥さんの知り合いに会ってくれる?」
竹村の妻、菜見子には、時折、夕飯もご馳走になっているし、断るわけにはいかない。
待ち合わせ場所のドトールに行くと、菜見子と上品な婦人が待っていた。
「こちらはママ友の加奈子さん」
加奈子の話は奇妙なことだった。
高校1年生の息子がバレンタインデーに大量のチョコレートをもらってきた。
親から見ても平凡すぎる容姿で、中学まで、一度もそんなことがないのに、どうしたのだろう?
息子に聞いても「お世話になったから、と同級生がくれたんだ」としか言わない。
母親には言いにくいことがあるのかもしれない。
「ほら、風越さん、戸板康二さんの推理小説が好きだって言ってたじゃない。
ちょっとしたことを推理していくのがいいって。
だから、調べてくれないかなって」
「はぁ、分かりました」
早速、加奈子さんの自宅に向かい、息子の冬馬に会った。
「つまり、こういうことだね。
放課後に同じクラスの女子5人から一斉にチョコレートを渡された。
理由は『冬馬君にはお世話になったから』」
「そうなんです、なんのことだかさっぱり」
「女子生徒の名前と、連絡先が分かっているなら教えて」
冬馬が告げた中に竹村杏菜の名前があった。
「なんだ菜見子さん、娘に聞けばいいのに。
いや、親には言ってないのか。
菜見子さんも、あのサバサバした娘さんが、チョコをあげる側に回るとは思ってもいないかもな」
そう思った風越は、自宅と会社を兼ねた竹村の家に足を運び
英語塾から帰宅する杏菜を待った。
「杏菜ちゃん、お母さんには言ってあるから、ちょっとだけお茶に付き合って」
「あ、公園のお茶ですね、いいですよ」
その日は2月にしては暖かかったので、日暮れ時に公園で缶入り飲料を飲むのも問題なかった。
「聞きたいのは、冬馬君へのチョコの件なんだ」
「え?どうして風越さんが?」
風越は事情を説明した。
「お母さんが、冬馬君のママから。。。」
「ちょっと僕が思いついたことを聞いて欲しいんだ」
「・・・」
「チョコをあげた5人の中に、冬馬君に好意を持っている子が1人だけいると思う。
でも、1対1でチョコをあげる勇気はない。
それを友達に相談したら『口の堅い3人に協力してもらって5人でチョコをあげよう』
というアイデアを提案されたんじゃないかな。
5人のうち、4人のチョコは市販で、値段がはらないもの。
1個だけ手作りで。
冬馬君がその意味に気づいてくれたら、ホワイトデーに、誰か分からないけど、1人だけに気の利いたお返しをくれるだろう。
そうしたら、今度はちゃんと告白しなさいって。
どう?この推測は?」
「冬馬君には言わないでください」
「やっぱり。。そのアイデアは杏菜ちゃんが出したんだろう?」
「どうして分かったんですか?」
「この前、図書館でブラウン神父シリーズを借りたって言ってじゃないか。
ブラウン神父と言えば『木を隠すなら森の中へ』の名言がある。
あれがヒントだろう?」
「女の子相手にそんなにズバズバ当てると、モテませんよ」
「え?そうなのかぁ。
ま、とにかく、冬馬君は『1個だけ、ものすごく美味しいのがあった』と話していたから。
ホワイトデーに期待していいと思うよ」
「冬馬君はホワイトデーにお返しを渡したんだよね」
「ええ。4個はクッキー。1個だけ、ちょっとオシャレなペンダントだったの。
あの子も、その後、告白して。2人は今年中に結婚するはず」
「杏菜ちゃんの余計なお世話も実を結んだってわけだ。あれ?この記事の講師って?」
「そうよ、あの子なの。高校を出た後、料理の専門学校に行って
今ではクッキングスクールの先生」
「ハートを鷲づかみにするスイーツ、とか言って宣伝したらウケそう」
「もう、そういうところが、昭和のオヤジみたいなのよ」