彼のこと、話すわね | スイーツな日々(ホアキン)

スイーツな日々(ホアキン)

大好きなスイーツと甘い考えに彩られた日々をつづっていきたいと思います。

朝の地震にはビックリしました。

被害が大きくなりませんように。


さて、久しぶりのフィクションです。

かなり長いです。

お暇な時にどうぞ。

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彼と私は同期入社だったのよ。

短大を出て、工場の総務課で経理を担当した私。

彼は東北の高校卒業後、上京して就職したの。

ラインの作業員をしていたわ。

同期といっても、事務手続きがある時に、ちょっと会話を交わすくらい。

あ、食堂で一緒になったこともあった。

彼は訛りが恥ずかしくて、あまり話さないんだと思っていたけど、

もともと口数が少ないのよね。

工業高校出身の彼は、自分が担当するラインだけじゃなくて

工場全体の効率化にすごく関心があったみたい。

第一線で働く人の改善策を取り上げよう、と

親会社の真似をして、経営トップが言い出したころだった。

彼はいろいろ提案したのよ。

まだ、18歳か、19歳のくせに。

でも、どれも素晴らしい提案だったみたい。

彼には特別ボーナスが出ることになった。

勉強があまり好きじゃなかった彼。

でも、生産管理とかとさらに進めるには大学に行った方がいいと思ったそうよ。

特別ボーナスを返上して、

「大学の通信教育を受けるから、スクーリングのある日は休ませてほしい」

と上司に訴えたのよ。

びっくりよね。

所属長も彼の希望を握りつぶさず、上に言って、通ったのよ。

そういう風に動くと、職場や彼が寝泊まりしている寮で

浮いちゃいそうだけど、何か不思議と好かれてたのよね。

それから、私と話す機会も増えたわ。

彼の進学した大学の男子学生と私の出身短大とは

結構交流があると彼がどこかで聞いたのね。

「合コンとかしたの?」って尋ねてきたわ。

それから、時々映画を見たり、学園祭にも行ったわ。

彼は20歳、私は22歳だったわね。

でも、付き合っている、という感じはなかった。

私も好意は抱いていたけど、恋愛とは違ったな~。

早生まれの私が23歳になったばかりのころ、

縁談が持ち込まれたの。

相手は東京都庁の職員。

都庁ではエリートみたいだったわ。

娘を遠くに嫁がせたくない両親が、そういう相手がいないか

探してきたのね。

まだ若かったけど、それもいいかな~、って私も思った。

私って感情の起伏が乏しいというのか

「激しい恋」っていうのに全然憧れもなかったの。

交際経験が皆無というわけでもなかったけど、

数少ない恋愛ごっこも、私の盛り上がらない態度に

相手が嫌気がさしたのか、自然消滅してた。

連絡が来なくなっても全然ショックじゃなかったし。

「今度、お見合いするのよ」

職場でも平気で言ってたの。

あれは、お見合いの前の日の夕方だったわ。

彼が突然、わが家を訪ねてきたのよ。

玄関で彼を見て驚いたわよ。

どうして自宅の場所が?

不思議に思ったけど、ゼンリンの地図を抱えているのを見て

納得したわ。

年賀状の住所から、探したのよね~。

でも、わざわざ地図を買うなんて、ね。

「由起子さんのお父さん、いや、ご両親に話があるんだ」

肩に力の入った彼を、とりあえず応接間に通して

両親を招き入れたの。

「ほら、こちらが通信で大学に入った松山君」

「そうでしたか。頑張ってますね、娘から聞いています」

「いただいたリンゴ、とても美味しくて。ご両親にもお伝えください」

「は、はい!」

「で、今日は何か話が?」

何の疑問もなく父が尋ねた。

「お、お嬢さんを、ぼ、僕にください!

いや、物じゃないんだからくださいは失礼ですね。

結婚させてください」

「え~~~~~」

三人そろって、声を上げた。

「由起子、松山さんと、そういう付き合いなのか?」

「お母さんは聞いてないわよ」

「私だってびっくりしているのよ。ね、どういうこと」

「由起子さんがお見合いするって聞いたから、いてもたってもいられなくて。

ちゃんと告白していなかったね。ごめんなさい。

順番が滅茶苦茶だけど、好きなんです、由起子さんが。

あなた以外と結婚するなんて考えられないし、

あなたが他の誰かと考えただけで気が狂いそうになる。

お見合いをやめてくれと言っているわけじゃないんだ。

ただその前に、僕の気持ちを由起子さんとご両親に伝えたかった」

「そ、そうなの」

「お父さん、お母さん!」

「は、はい」

「通信制の大学を卒業するまで、あと2年かかります。

大学を終えたら、給料もグッと上がるし、

由起子さんを養えます。

結婚をお願いしておいて恐縮ですが

それまで待ってもらえますか」

「私、25歳になっちゃうわ」

「何歳になっても、由起子さんだけを愛する気持ちに変わりはないよ」

「松山さんの気持ちは分かった。今日のところはお引き取り下さい」

「はい、失礼します!」

「まるで台風ね、ね、由起子。由起子!どうしたの?」

あまりに強烈なプロポーズに、私の心は完全に射抜かれていたわ。

ああ、これが恋なんだって分かった。

私の様子を見て、両親も悟ったみたい。

仲人さんに電話をかけて断る声が、遠くに聞こえてた。




「まさか、お父さんが、そんな情熱家だったなんて」

「あんたも想像つかないでしょうね。

2年後、約束通り結婚したわ。

生産管理に関する知見が認められて、親会社に引き抜かれて。

転勤話が来たら、

『由起子とご両親を遠くに住まわせるわけにはいかないし、

僕も単身赴任はご免だ』といって、コンサルタントとして

独立したのよ。

この頃からは、あんたも覚えているわよね」

「うん。自宅と事務所を一緒にすれば、出張以外は家族と過ごせる。

そう言って、新築を建てたのよね。

いつも家にいてうるさくないの?って友達に聞かれたけど、

お父さん、あまり話さないし」

「本当に家族思いで、私を大事にしてくれた。だから・・・」

「お母さんの気持ちは分かったわ。じゃ、施設に入れる話は白紙ね」

「痴呆が進んでいると言っても、怒鳴ったりするわけじゃないし。

それに私を別人と勘違いすることはないのよ」

「怖いのは徘徊だけね」

「私が気をつけるわ。結婚50年。あの人の行くところは大体分かっているし」

「好きなのね、お父さんが」

「あの燃える思いはもう、ないけどね」


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今回も「いい夫婦の日」に合わせてみました。

東北出身、松山、由起子(ユキコ)という設定に他意はありません^^;

あなたは、プロポーズの言葉を覚えていますか?

そして、その時の感激を忘れてはいませんか?