グロス@母の日に | スイーツな日々(ホアキン)

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以下はフィクションです。

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「ただいま」
「あら、お帰り」
「ごめんね、連休に帰れなくて」
「仕事なんだろ?新入社員は仕方ないよ。しっかり働かなくちゃ」
「麻衣ちゃん、里帰りかい?」
「あ、吉田のおじさん、お久しぶりです。しょうが焼きでいい?」
「分かっているね」
「吉田さんが来たんじゃ、これから忙しくなる時間だね。お母さん、手伝うわよ」
「疲れているところ悪いけど、助かるよ」

それから2時間弱。
田舎町で母が営む食堂は大忙しとなった。
パートのお運びさんたちと一緒に、注文を受け、料理を運び、皿を洗った。
小学6年生の時に父が亡くなった後、母はその後を継いで一人で店を切り盛りしてきた。
父とは調理師学校で知り合ったそうだ。
「免許を取っておいて良かった」と母が述懐したことがある。

「で、忙しいのかい?仕事は」
「うん、まあね」
国立大学の寮に住んでいた私は、就職と同時にアパートを借りた。
連休には、男が転がり込んできた。
女子学生に人気の大学講師。
しかし、非常勤の彼の収入は極めて少ない。
常勤になれる見込みも、ましてや准教授になれることなど全く考えられない。
田舎者だった私は、都会的で洗練された彼の物腰に魅了され、たちまち関係を結んでしまった。
彼の交際相手はたくさんいる。
いや、いた、という方が正解か。
将来の見通しのつかない彼は気持ちが荒れ、それが外見にも表れるようになった。
徐々に彼の周囲から女性の姿が消えて行った。
「もう、お前だけなんだよ」
アパートで私を掻き抱く彼は哀れでもあったが、彼を突き放すこともできない自分がいた。
連休が明けても、私の部屋から出ようとしない彼を「田舎に帰るから」と告げて、どうにか追い出した。
金曜の夜、不承不承で出て行った彼を見送った私は、土曜日の朝一番の電車に乗って、久しぶりに帰省した。
去年の夏休み以来だ。

「職場で素敵な彼は見つかりそう?」
「そんなことは考えていないわよ」
その前に、あのどうしようもない男と縁を切らなくちゃ。
「麻衣子には黙っていたけど、お父さんと知り合った頃、母さんはドロドロの恋愛をしてたのよ」
「・・・」
「奥さんのある人でね、酒癖が悪かった。夜中に大声を出して、母さんが借りていたアパートのドアを叩いたり、奥さんが押し掛けてきたこともあったのよ」
「すごいね」
「そんな時、お父さんが動物園に誘ってくれて。楽しかったなぁ。ああ、私はこの人と一緒にいたい、と思ったの」
「どうやって、その男と別れたの?」
「お父さんが私を連れて、男の家に一緒に行ってくれたのよ。『こいつと一緒になるので、別れてくれ』と言ってくれたの。本人も奥さんも半分呆気にとられてたわ」
「ストーカーみたいなことにはならなかったの?」
「一度待ち伏せされたけど、大声を出したら、慌てて逃げて行ったわ。でも、地縁も血縁もない、この土地で働くようになったのは、その男を警戒したからなのよ」
「そうだったんだ。ね、どうして今そんな話をするの?」
「今朝ね、名乗らない人が、麻衣子はいるか、って電話してきたのよ」
私は驚き、そして震えた。
まさか、あいつがそんなことを。。。
「どうしても困ったら、帰ってきなさい。ここでは皆、麻衣子の味方だからね」
母の言葉に涙が止まらない。

母の顔を見る。
昔自慢だった綺麗な母の面影はまだ残っている。
まだ48歳。
都会の女性のように、まつ毛のエクステをして、エステに行き、美容院に通えば、誰もが振り返るような美人に生まれ変わるだろう。
もっとも母はそんなことは希望していない。
私のせいだ。
父が死んだ後、町内会の会合があった。
会合の前に、口紅だけでなく、グロスを塗ろうとした母に
「お父さんもいないのに、誰のために、そんなに化粧をするのよ」と
私は母を責めた。
あれ以来、母は必要最低限の薄化粧しかしなくなった。
私の卒業式に出席する時でさえも。

「そうだ、母さん、これお土産」
「あら、嬉しい、何かしら」
「グロスよ」
「まぁ」
私も頑張るわ。
あんな奴には負けない。
母さんもまだひと花もふた花も咲かせてね。




(画像はお借りしました)