人工股関節、
右脚術後2年6ヶ月、
左脚術後2年4ヶ月。

前回ご紹介したドラマ
「ナビレラ 
それでも蝶は舞う」
について、今日は
個人的に刺さったセリフを書きます。

あらすじは
前回を参照していただくとして。


主人公である70歳のおじいさんは、
家族に反対されながらも
バレエを習い始める。

「バレエなんてみっともない。
年寄りなら年寄りらしい趣味を
他に見つければいいじゃないか」
という家族と、

「やりたいことができなくなる状況や、
やりたいことが
思い出せなくなることが怖いんだ」
と言うおじいさん。

これね、
状況は違うけど、
私も似たような経験があって。

それは持病のリウマチが悪化して、
股関節が壊れた5年前のこと。

「バレエはもうやめるように」と、
ドクターストップがかかった。

「あなた、プロじゃないんでしょ?
これで生計を立てているならともかく、
趣味ならバレエなんて
やらなくても
いいじゃないですか」と。

リウマチの私の場合、
手術はリスクが高く、
温存するなら徹底的に
活動量をコントロールすることが必要で、
バレエのような
股関節に負担をかけるものは
やってはいけない、と。

変形性股関節症の保存療法の
有名な医師も訪ねたが、そこでも、

「人間はいつまでも
二十歳ではいられないんです。
歳をとったら
活動をスローダウンするのは
当然のことじゃないですか」と
説教された。

その時のブログがこれ。

この医師の言葉に納得がいかなくて
モヤッとした嫌な気持ちを
今でも覚えている。

年寄りなら、年寄りらしく
「らしく」って何?

「ナビレラ」のおじいさんにとっては、
バレエを踊っている時こそ
「自分らしく」いられるのに...。

そして、
私もそういう人だったはずなのに...。

私は、バレエをやめてからは
日常生活はほぼ不自由なく送れてたし、
海外旅行にも行っていた。
全然踊れないわけでもなく、
ゴスペル/ミュージカルの舞台にも
立っていた。

はたから見れば
「これだけ楽しめてたら
充分じゃないですか」、と。

でも、あの年月は
全然「自分らしく」なかったんだよ。

そりゃね、
道端に咲く花に幸せを感じるような
穏やかな暮らしに満足するシニアって、
ある種の理想像だとは思う。
女性誌なんかの言葉で言えば、
いわゆる “良い歳のとり方” ?
“歳を重ねた素敵なマダム” ってやつ?

それも良いんだけどさ、
私は全然そのタイプじゃないのよ。
還暦過ぎてバカみたいだけど、
一所懸命やらないと
つまんない、って人なの。

「ナビレラ」に話を戻すと、

おじいさんは、ある日
プロの有名ダンサーに会う。
「私、バレエ習ってるんです」と、
おじいさんが自己紹介すると、
有名ダンサーは、
「おぉ、それは趣味として良いですねぇ。
どうぞ楽しんでくださいね」と、
にこやかに答える。
ごく当たり前な対応だけど、
それを聞いておじいさんの顔が曇るんだ。

おじいさんにとっては、
バレエはただの
 "お楽しみ” なんかじゃない。
年寄りだけど、下手だけど、
高みに向かって手を伸ばして
「誰がなんと言おうと
私は構わない。
私はそんなに弱くない。
自分の好きなバレエを
上手に踊りたい」
って思ってる。

これ、
なかなか表明できることじゃない。

私の場合、
「プロじゃないんだから
バレエやらなくたって
いいじゃないですか」
と医師に言われた時、
黙り込んだんだよ。
そして、
踊りたいという気持ちを封印した。

どうせ下手クソなアラ還だし、って。

なぜそこで、
「でも、
バレエ好きなんです。
踊りたいんです!」って
私は言えなかったのだろう?

「ナビレラ」を見て、
当時の自分の弱さを思い出し、
すごく苦い気持ちになった。

そして、思った。
手術して良かった。
手術が成功して良かった。
散々迷ったけど、
遅すぎなくて良かった。

バレエが好きという気持ちを
忘れてしまう前に取り戻せて良かった!

6月1日の誕生日の決意表明
(バリエーション踊る目標)のブログは、
ちょうどこの頃「ナビレラ」を観始めて
刺激されて書いたのでした。

今度こそ、逃げないよ、ってことで。

下手だけど、
年寄りだけど、
バレエ大好き!おねがい
って、
世界のど真ん中で大声で叫ぶよ!

[追記]
術前の私って、
自分に正直になれないことに相当苦しんでたなぁ。
こんなことも書いていた。