自分の為になら出来ないこと、子供の為になら出来たということが多々あった。
自分の為だけなら、プライドで出来ないこと。人に何か頼むとか。
子供中心に考えることで見えることもある。
自分は子供が生まれてきてくれただけで十分と思っていて、独立してくれたからもう何も望むことは無いと思っている。
そしてこの先親としては、どう子供に迷惑をかけないかが、自分の中で一番のことになる。
そうなって、私の今が決まってくる。
迷惑をかけてもいいと思うのでは、スタートとしてガラリと変わる。
子供にどうして欲しいは望まなくても、自分の親には出来ることはやるは変わらない
その出来ることの範囲がブレないことが自分を守る
親が望むことをやらないと、『親不孝』とか『親の恩を忘れて』のワードが浮かぶ
それでも冷静に考えると、
自分の生活を壊してまで、どこまでもどこまでもは出来ない訳で、ギリギリまでやったとしてもキリはないのだから、本当に自分が出来ると思うところで止めておく。
無理をしたからそこで親の望みが終わる、わけではないのだから。
介護の為に時間が無いから仕事を辞めるは、明らかに自分が将来、自分の子供に迷惑をかけるに直結してると思った
それが無い限りは辞められない。
そこを含めて、お金は、
気持ちで親に差し入れなどにお金を使うのは良くても、
施設入居の補填とかデイサービスを利用するための補填は、今や将来、本当に自分に余分なお金があるなら出来るけれど、そこに不安があるなら出来ない。
そこは、親が自分で用意するべきものだし、無い場合は家を処分したり生保を利用する道も探るべきなのだと思う。
親の見栄やプライドを守るべきか。
自分が犠牲になってまで。
その影響が自分の子供にいっていいのか。
自分の見栄やプライド。
それを守ったことで自分の子供に迷惑をかけて良いのか。
そこがブレないことでこそ、
ザワザワが抑えられる。
いくら、親本人や親戚や周りから圧力があろうと、出来ない線引きは必要。
そこに見栄やプライドはいらない。
自分の為にと思ってブレるのなら、自分の子供の為にと思えばいい。