カフェの空気は、夜の静けさに包まれていた。
テーブルの上には飲み終えたカップが並び、二人の間に淡いランプの光が落ちている。
女の子が少し身を乗り出し、まっすぐに実弥を見つめた。
「ねぇ、不死川くんは今、幸せ? 本当に満たされてる?」
唐突な問いに、実弥は一瞬だけ視線を逸らす。
心臓がわずかに跳ね、言葉が喉に引っかかった。
「……別に」
短くそう答えただけで、後は沈黙が落ちた。
女の子は唇に笑みを浮かべ、どこか確信めいた目でうなずく。
「そっか……やっぱりそうなんだ」
まるで望んでいた答えを引き出せたかのように。
***
カフェを出て、冷たい夜風の中を歩く。
街灯に照らされる歩道で、女の子がふいに距離を詰めてきた。
「ねぇ……」
声と同時に、腕が絡まる。
細い指が彼の袖口をしっかりとつかんで離さない。
「このまま帰したくない。少しでいいから……もうちょっと一緒にいたい」
顔を寄せ、囁くように言葉を重ねる。
「……不死川くんの隣で眠りたいな」
実弥の身体は瞬間的に強張った。
払いのけたい――なのに、なぜか腕は動かない。
彼女の体温が袖越しにじんわりと伝わってきて、胸の奥でざわつきが広がる。
低く息を吐き、実弥はようやく小さく呟いた。
「……俺は帰る」
その声に、彼女は小さく肩をすくめただけで、どこか楽しそうな笑みを崩さなかった。
***
深夜、玄関の扉が静かに閉まる。
リビングのテーブルにはラップのかかった夕飯が残されていた。
箸置きの横に「お疲れさま」のメモが添えられていて、胸が痛む。
寝室をのぞけば、あなたが布団の中で眠っている。
規則正しい寝息と、穏やかな横顔。
その光景に安堵するはずなのに、実弥の胸は張り裂けそうだった。
「……俺は、何やってんだ」
ポケットのスマホがまた震える。
――『今日は最高だった。また会いたい』
青白い光が闇の中で鈍く明滅する。
実弥はスマホを伏せ、額に手を当てた。
隣にある温もりと、背後から迫る影。
その狭間で、眠れない夜がまたひとつ過ぎていった。