朝、目覚ましよりも先に、スマホの震える音で目が覚めた。
画面には大量のメッセージ通知が並んでいる。
――『昨日は本当にありがとう。夢みたいだった』
――『また会いたい、今度はもっと長く一緒にいたい』
――『ねぇ、不死川くんって独身だよね? 誰かいるなんて言わないよね?』
実弥は額に手を当て、深く息を吐いた。
「……うるさい」
口の中で低く呟き、既読だけをつけて机に伏せる。
それでも胸のざわつきは消えなかった。
***
昼休み。
廊下で缶コーヒーを開けようとしたとき、背後から声が落ちる。
「お前、また顔に出てるぞ。不死川」
振り返れば、伊黒がじっとこちらを見ていた。
実弥は苛立ちを隠せず、「……放っとけ」と吐き捨てる。
それでも伊黒は目を細め、静かに言葉を置いた。
「毎日毎日一体何やってるんだ? そのままだと全部壊すからな。俺はもう知らん」
背を向けて去っていくその一言が、胸の奥に棘のように残った。
***
夕方。
会社の近くの街角で、聞き慣れた声が響く。
「お久しぶりです! お元気でしたか?」
無一郎が、書類の束を抱えながら小走りで近づいてくる。
実弥は気まずげに眉をひそめ、「……おう」とだけ返す。
「……あの、この前。不死川さんが女性と歩いてるの、見ちゃったんですよね」
無邪気な声音に、実弥の足が止まった。
「……は?」
無一郎は首を傾げ、何でもないように続ける。
「もし不死川さんに別の人いるんだったら、奥さんもらっちゃっていいですか?
僕、まだあきらめてないんですよね」
にこやかに放たれた言葉に、実弥の拳が震える。
「……ふざけんな」
低く唸るように言うのが精一杯だった。
無一郎はその反応に気づかないのか、ただ軽く会釈して去っていく。
背中を見送りながら、実弥は胃の底に鉛を流し込まれたような重さを感じていた。
***
家への帰路。
ポケットのスマホが鳴り続ける。
「不死川くん……明日会える? もう我慢できない」
女の子の声は甘く、焦燥を含んでいた。
実弥は沈黙したまま。
すると彼女は食い下がるように続けた。
「奥さんがいるなんて、ないよね? もし誰かいても……私、それでもいいから」
胸の奥で何かが弾ける。
実弥は拳を握りしめ、低く吐き捨てた。
「……ふざけんな」
強引に通話を切り、スマホを投げ出す。
しかし心臓の鼓動は収まらない。
***
家に帰ると、温かな灯りと夕飯の匂いが迎えてくれた。
あなたが振り向き、「今日は早いんだね!」と笑顔を向ける。
その笑みに胸が強く締めつけられる。
食卓に並ぶ料理。
「実弥と一緒に食べられるのはやっぱりうれしいなぁー」
そう言って箸を渡される。
その何気ない仕草と温もりが、本当の幸せだとわかっているのに――。
ポケットの中のスマホはまた震え続けていた。
――『どうして返事くれないの?』
――『会いたい。今すぐにでも』
実弥は画面を伏せ、必死にあなたの笑顔を見つめた。
「……俺は、どこまで落ちる気だ」
小さく漏れたその言葉だけが、夜の奥に沈んでいった。