朝、目をこすりながら台所に立つと、そこにはエプロン姿の実弥がいた。
フライパンから漂う香ばしい匂いと、真剣な横顔に思わず足を止める。
「……え? どうしたの?」
「たまには俺が作ってみた」
振り返った実弥が、少しばつの悪そうな顔をする。
弁当箱には不格好な卵焼きや、少し焦げたウインナーが並んでいた。
それでも、その一つひとつが胸に沁みる。
「ありがとう。わー、美味しそう」
笑ってそう言うと、実弥は目をそらして「……別に」と呟いた。
その照れ隠しさえ、愛おしくて胸が温かくなる。
――昼休み。
無一郎と資料を見ながら、自然と笑みがこぼれていた。
「今日は顔色いいですね」
無一郎がふと口にする。
「あ、そうかな」
返事をしながら頭に浮かんだのは、朝のエプロン姿の実弥だった。
――義勇の影は、少しずつ遠くなっている。
――夕方。
雨が降り出した駅の改札を出ると、見慣れた背中が立っていた。
傘を片手に待っていた実弥が、こちらに気づいて歩み寄る。
「……濡れると風邪ひくからな」
短い言葉に、胸がじんわりと温まる。
二人で一つの傘に入り、肩を並べて歩く道。
雨音に紛れて聞こえる彼の足音が、妙に心強かった。
――夜。
布団に入るとすぐに実弥の腕が伸びてきた。
当たり前のように抱き寄せられ、頬が熱を帯びる。
「なぁ……最近、お前笑ってんな」
「そうかな?」
「……俺、そういう顔見れるとホッとする」
低く呟かれた声に、胸がぎゅっとなる。
「……お前の笑った顔を隣で見れてればいいんだ」
実弥はそれ以上何も求めず、ただ私の頭を撫でてくれた。
まだ心の奥には義勇の残響がある。
けれど――今この瞬間、隣にいる温もりが、確かに私を満たしていた。