「おはよう、できてるよ」
いつも通りに笑うあなたの声が、実弥の胸をやわらかくあたためた。
それでも、ポケットの中で震える感覚に、心臓がひとつ余計に跳ねる。

テーブルに着き、茶碗を受け取りながら、そっとスマホを確認した。
画面には小さな通知がいくつも並んでいる。

『昨日の話、やっぱり楽しすぎた』
『今日も会いたいな』

親指がほんの一瞬、画面に触れかける。
すぐに引っ込めて、味噌汁を口に運ぶ。

――気づかれるな。

「うん? なに?」
向かいから妻が首を傾げた。

「……なんでもねぇ」

視線をそらしながら答えると、彼女はそれ以上追及しなかった。
その優しさが逆に胸を締めつける。

***

夜、リビングの灯りだけが静かに揺れていた。
ソファに腰を下ろしたまま、実弥は長くため息を吐く。
ポケットから取り出したスマホの画面が、ひときわ明るく光った。

『この前の店、また一緒に行きたいな』
『不死川くんといると落ち着くんだ』
『私だけかな、こんな風に思ってるの』

既読をつけなければいい。
それが一番簡単なはずなのに、指先が勝手に動く。
気づけばメッセージはすべて既読になり、画面の下には、書きかけては消した文字列が残っていた。

――俺は、何をやってんだ。

背もたれに頭を預け、目を閉じる。
胸の奥に、どす黒い自嘲が広がっていく。
けれど同時に、「求められている」という安堵が小さく灯るのを、どうしても否定できなかった。

***

その夜。
寝室に入ると、あなたはすでに布団に身を横たえていた。
ぽかりと空いた隣の場所を手で叩く。

「こっち、あったかいよ」

声は柔らかく、安心したような笑みを浮かべている。

実弥は黙ってその隣に潜り込み、あなたの髪をそっと撫でた。
温もりが、全身にじんわりと染み込んでいく。

――ここにいればいい。

そう自分に言い聞かせる。
けれど、枕元に置いたままのスマホの黒い画面を、意識の端が離さなかった。
次の瞬間、通知の光がぽつりと灯る。
夜の静けさの中で、その小さな光だけがやけに鮮やかに瞬いていた。