朝の光がまだやわらかい時間。
あなたが味噌汁をよそいながら、ふと笑って言う。
「昨日遅かったの? ごめんね、先に寝ちゃって。」
実弥は湯気の立つ茶碗を受け取り、視線を落とした。
「……ああ、ちょっとな。」
ポケットの中のスマホは、未読の通知で小さく光っている。
――『昨日は最高だった。また会いたい』
――『不死川くんに会うと元気になれる』
親指が一瞬だけ動いたが、すぐにポケットに押し込んだ。
あなたの何気ない優しさが、胸に重くのしかかる。
***
昼休み。
カフェの外でスマホを覗き込む実弥の横に、ひょいと影が落ちた。
「珍しいな。携帯ばっかり見て。」
顔を上げると、伊黒が腕を組んで立っていた。
「またよからぬこと考えてるんじゃないだろうな。不死川、お前はすぐ顔に出る。」
実弥は眉をひそめ、「……うるせぇ」とだけ返す。
心臓が不規則に打ち始める。
まるで全てを見透かされたようで、視線を逸らした。
ポケットの中で、また通知が震えた。
――『次はどこ行こうか?』
――『ねぇ、会いたいな』
実弥は画面を見ずに、深く息を吸った。
「……もうやめろ」
その小さな声は、自分自身に向けたもののようだった。
***
夜。
玄関を開けると、だしの香りと温かい灯りが出迎えた。
あなたはエプロン姿で振り返り、笑顔を見せる。
「今日は一緒に夕飯食べられるんだよね? 嬉しいな」
食卓には、実弥の好きな献立がずらりと並ぶ。
久しぶりに二人で囲む夕飯。あなたの顔は期待で明るく染まっている。
箸を持つ手が、そっと実弥の手に触れる。
「お疲れさま。いっぱい食べてね」
渡された茶碗が温かく、その指先がほんの少し長く触れた。
さらに身を寄せて、軽く肩が重なる。
「……ありがとな」
声が低く震えた。
あなたは首をかしげて笑い、「どうしたの?」とさらに近づく。
腕がふいに絡むように触れ、あなたの体温が実弥の胸に入り込んでくる。
その瞬間、実弥は箸を置いて目を伏せた。
――崩れ落ちそうだった。
罪悪感と安堵がないまぜになり、胸の奥で何かがきしむ。
***
夜更け。
寝室では、あなたが静かな寝息を立てている。
規則正しい呼吸が、白いシーツに小さな波を作っている。
その横顔を見ながら、実弥はそっとベッドに腰を下ろした。
ポケットの中で、スマホがまた光った。
――『今日は楽しかった。また会いたいな』
青白い光が、暗がりの中でやけに明るく見えた。
実弥はスマホを伏せ、額に手を当てる。
隣にある温もりと、胸に残るざらついた感触が混ざり合って、
瞼を閉じても眠れない夜が、またひとつ長く過ぎていった。

