7月の図書館紀行 Vol.5 | kimchoco活動寫眞 -Those were the days-

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映画と本と・・・時々海保・自衛なブログです

ご先祖様方は無事にあちらに着いたでしょうか
「送り火」には沢山のおにぎりを作って、美味しいお菓子を揃えて、
お土産に持って帰って頂くって意味で我が家ではお供えします
次回は、、、多少なりとも自分で料理しないとなぁ(毎年の反省)


0717 
 
さて、今回はちょっと時間がかかって読みました
「ツナグ」の原作者で直木賞受賞者

初めて読みました
どれにしようかと選ぶのに結構な時間がかかり、だってどれもこれも分厚くって薄い作品がない
なんだけど、時間がかかってしまったのは分厚いせいって訳でなく。。。

ある事件をきっかけに、幼馴染の「ふみちゃんは」心を閉ざして言葉をうしなってしまった
「ぼく」は懸命にふみちゃんを取り戻そうと犯人と対峙しようとする
それはぼくだけにある、ある「力」を使って

小学生の「ぼく」が持つ不思議な「力」を使うにあたり、
同じ力を持つ「先生」と一生懸命「力」について考え、迷い、恐れ、決断し、、、、
ある意味超能力?霊力?的な感じなんだけど、決してその「力」を書いた話しではありません

やさしい言葉でふんわりした文体なんだけど
もの凄く深く、重たく、悲しく、辛い、人間の心の根源に迫るお話しでした
絶対流し読めなくて
簡単な言葉のつながりなんだけど、一字一句 理解して読まないと
ストーリーだけを掴んで楽しむって訳にはいかない内容でした

小学生相手に、なんて深い話しなんだ。。。

「ぼく」が「ふみちゃん」を救う為に頑張ってきたことが、実は全て「ぼく」自身の自責の念だと気付くんだけど、
そんな「ぼく」に対し「先生」は
『自分のため』の気持ちで結びつき、相手に執着する。その気持ちを、人はそれでも愛と呼ぶんです
と諭す

これを理解できる小学生ってどんだけだ、と違う方向に意見したくなったけど、
この世のエゴとエゴの結び付きが愛
と作者が言ってのけるところが凄いと思った

人が死んで泣いていても、結局それは大事な人を亡くした自分が悲しくて泣いてる、
人間は、自分のためにしか涙がでない
そう定義した上で、それを肯定し愛と呼ぶ

実は私、この世には無性の愛ってあると思ってたんだけど、、、
親が子供の為に命を投げ出すことが出来ても、
それは100%子供のためだけではなく、きっと「命を投げ出さない自分」を許せない、後悔したくない、
結局その部分がエゴなんだと

人間は所詮人間、お釈迦様にはなれないのだから
それも認めて人に尽くせたら、それは本当に尊いことだよね