「罪の声」塩田武士著・・・★★★★
「これは、自分の声だ」
京都でテーラーを営む曽根俊也は、ある日父の遺品の中からカセットテープと黒革のノートを見つける。ノートには英文に混じって製菓メーカーの「ギンガ」と「萬堂」の文字。テープを再生すると、自分の幼いころの声が聞こえてくる。それは、31年前に発生して未解決のままの「ギン萬事件」で恐喝に使われた録音テープの音声とまったく同じものだった――。
本作は1984~5年に起きた、所謂「グリコ・森永事件」を題材にした作品である。
今から32~3年前に起きた事件だから、30代以下の方達には殆ど記憶には無いだろう。
私はその当時20うん歳だったが、遥か昔の事で私の記憶も曖昧で、本書を読みながら徐々に思い出した。
昭和という時代は、世の中を騒がせた事件が多く起きた時代だと思う。
昭和を懐古するTV番組でも、3億円事件、東大安田講堂事件、浅間山荘事件、三菱重工爆破事件などが取り上げられ、誘拐事件も頻繁に起きていたような気がするが、この事件は世の中(庶民)を震撼させた度合からすれば、それらの事件の中では最も記憶に残る事件なのではないだろうか?
事件の概要は、江崎グリコ社長の誘拐身代金要求に始まり、犯人は自らを「かい人21面相」と名乗り、次々と大手食品企業(6社)を脅迫し現金を要求、マスコミには警察を揶揄する挑戦状を送り付け、全国のスーパーなどに青酸入り菓子をばら撒き、企業のみならず子供たちも標的にした。
この事件は初めて「劇場型犯罪」と評された。
結局、この事件は現金の受け渡し場所には犯人は一度も現れず、警察は不審人物を取り逃す失態も犯し、一年半に亘った事件は犯人側から一方的に終息宣言が出され事件は終結した。
その後も捜査は続き、いろんな犯人像や犯罪説が浮かび上がったが、これ程大きな事件でありながら未解決のまま2000年に時効が成立した。
私はこの事件についての詳細な情報(記憶)は持ち合わせていないが、キツネ目の男の似顔絵と、犯人が子供の声の録音テープを使い、脅迫相手に現金受渡し方法の指示を出していたのは非常に印象に残っている。
これは現在YouTubeにUPされている。
この物語は、主人公の曽根俊也がこの録音テープと謎のノートを自宅で見つけた事から始まる。
録音テープの声は俊也の声だったのである。
自分は何故この事件に関わったのか?真相を求め俊也は関係者を探し訪ね歩く。
その一方で、折しも大日新聞が年末特集として、この事件のその後を追う事になり、文化部の記者阿久津が社会部に抜擢される。
阿久津も違う角度から事件を追い、2人に徐々に明らかになっていく事件の真相と関連した人物たち。
そして、関係者の聞き込みで阿久津は俊也の存在を知り、俊也のもとに阿久津が訪れる。。。
本書を読みながら思ったのは、これはどこまでがノンフィクションで、どこからがフィクションなのか?だった。
事件の詳細を知っている方なら区別はつくだろうが、私の様に記憶が朧げな方々には同じような感覚を持つのではないだろうか?
逆に言えば、その位この作品は違和感が無く、シームレスに事実と虚構が交錯している。
未解決の事件に、こんな脚色した作品を世に出していいのか?関係者に怒られないか?とも思った。
本書を出版するには大きな決断が要ったのではなかろうか。
犯人グループの人間関係やその犯行に至る経緯は複雑で、良く練られている。
また、真相の究明だけでなく、事件に関わった子供たちと家族の今に焦点を合わせ、それぞれの人生の岐路となったこの事件の残酷性をテーマとして描かれた点が良いと思う。
この事件を題材として書かれたノンフィクションノベルとして、本作は最良の一冊(他にこの事件に書かれた本は読んだ事ないけど)ではないだろうか。
罪の声
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