市民病院で老衰と診断されてから2週間後、施設の医師と面談があり、正式に「看取り」の確認書にサインしました。

面談の日の朝、医師は母を診てくれたそうですが、「覚悟はしておいてください」と言われたものの 「あと1ヵ月は大丈夫。いや、それ以上もっとかも」と言われて、「覚悟しすぎました」と答えた私ニコニコ

慌てて葬祭場の見学に行ったのに・・・

でも 「でも突然お亡くなりになる人もいて僕もビックリすることがあります。僕の見立てが間違っていたらごめんなさい」とも。


翌日は経腸栄養剤を飲み、朝食のフルーツを完食、パン粥まで食べたと聞いて嬉しかったのですが、虚ろな顔をしていました。

 

いつもなら「〇子ちゃん」と名前を呼んだら嬉しそうに笑っていたのにそれもなし。

 

翌日はおかずの青菜まで食べたと聞いてホッと一安心ニコニコ

 

 

その翌日、施設から電話がありました。

 

経腸栄養剤を飲めず、目も虚ろ、車椅子に乗るのもしんどそうなので今日からリクライニングの車椅子にしますと。

 

経腸栄養剤も飲めず、食べさせようとしても拒否してずっと寝ているとのこと。

 

 

慌てて面会に行きました。

 

今までにも「経腸栄養剤が飲めない」という報告はありましたが、今回の母は全く違いました。

 

ベッドで爆睡している姿は同じだけれど、呼んでも開いた目が虚ろ。

 

誰が見ても悪い状態だとわかります。

 

冷やしあめ、桃、アメリカンチェリーなどを持参しましたが、食べさせることは諦めました。

 

 

3日前の医師の面談で「あと1ヶ月は大丈夫」と言われたばかりなのに、どうして急にこんなに悪くなってしまったのか・・・。

 

「たくさんの人を見てきたケアマネージャーなら」と思って、ケアマネージャーに

母はいつ頃だろうかと聞いたことがありました。

 

「いつというのはわからないけれど、亡くなる数日前に急に元気になる人が多い」

 

と言ったケアマネージャーの言葉が心に刺さっていました。

 

 

 

 

母が老衰だと診断され、「看取り」にすると決めてから私は毎日施設に面会に行っていました。

 

母が老衰だと診断された時のブログはコチラ↓

 

 

私の勤務先は自宅から5分ほどと近く、母がいる施設も自宅と勤務先から10分くらい。

勤務先には事情を話し、毎日面会に行く為に1時間ほど私用外出してもよいと許可を貰いました。


老衰だと診断されてからの母は大好きだったチョコレートもボーロも食べなくなっていましたショボーン

とにかく少しでも何か食べて欲しいからとフルーツやお菓子を持参しても首を振って拒否。

ぶどうを1粒食べてくれただけで私は大喜びしていましたニコニコ


午後1時から5時の面会時間に行けば、皆さんは食堂でおやつを食べたり、テレビを見たり、お喋りされたりしています。

私が行く頃を見計らって施設の方が母をお部屋から食堂に連れて来て下さるのですが、母が眠っていると言われれば起こすと可哀想なので部屋に行き、寝顔だけ見て帰りました。

この頃の母は起きていても体調が悪そうで、すぐにテーブルに頭を突っ伏して寝てしまう、体が右に傾く、手が冷たい・・・

1日に3本飲んでいた経腸栄養剤も、1日に1本しか飲めない日があると言われました。


市民病院で老衰と診断された日から10日後、物忘れ外来を受診のため朝一番に母を施設に迎えに行きました。

お母さん「今朝は経腸栄養剤を8割ほど飲まれましたよ」と嬉しい報告。

いつも診察が終わると私は処方箋薬局へ、主人は車椅子の母を連れて駐車場へ向かいます。


「もし飲めたらでいいけど、これ飲ませてあげて」と私が渡したのは冷やしあめの瓶。



「ビックリしたわ~。一気に8割くらい飲んだぞ」と言う主人。

冷やしあめが大好きな母は施設に着いたら残りも全部飲みました。

夕方、面会に行ったら 「今日はりんごジュースも飲みましたよ」という報告が!

この日は体が傾くこともなく、いつもは冷たい手が温かくて体調がよさそうでした。


翌日、面会に行ったら「今日の経腸栄養材はこれで3本目ですよ」と言われました。

今までの日課だった、名前、年齢、私の名前や出身地というような質問にも、やっと聞こえるくらいの小さな声ですが答えてくれました。

「長生きしてね」 「100歳まで生きてね」 「長生きするためにごはん食べてね」 と言うと頷いてくれた母。

10秒ほどしか記憶が持たない母なので実現できないとはわかっていても、母が頷いてくれたことが嬉しい・・・

でもそのすぐ後、家から用意してきスイカ、ぶどう、ボーロなどは断固拒否えーん


この頃の私は 「母は何を持って行ったら食べてくれるのか」ということばかり考えていました🤔

 

 

~続く~
 

母の「看取り」が決まってから、週末は葬祭場の見学に行っていた私。

 

前回のブログはコチラ↓

 

 

B社とC社のどちらかにしようと思ったものの、2社のパンフレットを見比べると専門的な言葉が多くてよくわからず・・・


そこで2社の「プランに含まれるもの」と書かれた部分だけをスクショして、「1つは私が見学に行ったB社のプランです。御社のプランに無い物があったら教えてください」とC社にメールしました。

 

C社からの回答:「K社に含まれていて弊社に含まれないものは、お供え物、胴骨壺、洋型霊柩車、湯灌、棺布団、となります」

 

 

気になったのは「胴骨壺」と「棺布団」の2つでした。

 

調べてみたら関西では骨壺は、胴骨壺と本骨壺の2種類あるそうです。

 

父は九州で亡くなったので、骨壺が2種類あるなんて全く知りませんでした。

 

 

関西のお葬式ではお骨をすべて拾うのではなく足元から順番に立ち姿のように少しずつ収める部分収骨で、握りこぶしぐらいの大きさの本骨壺には、喉仏(のどぼとけ)のお骨を納めるそうです。

 

胴骨壺はお墓に、本骨壺は信仰している宗派の本山に納骨をすることが慣習だったと書かれていました。

 

本山で永代供養をして頂けるなら、お墓を守る人が途絶えても安心 ということだそうです。

 

 

でも父は「土に還りたい」という遺言だったので、遺骨は直接土の中へ。

 

お寺や霊園のようにサイズ制限はないし、父が夫婦墓を望んだので先祖のお骨があってスペースがない というようなこともありません。

 

「部分収骨どころか、大きさに制限がないから全部収骨したいくらい。絶対に同骨壺は必要!」

 

 

そしてもう1つは棺布団です。

 

文字から推測すると棺の布団ですね。

 

棺にお布団がないと、故人は棺の中に直に眠ることになるのでしょうか?

 

C社に確認したところ、「棺布団は、ご認識のとおり棺の中にお納めするお布団となります」という回答でした。

 

 

胴骨壺だけでなくお布団までプランに含まれていないなんて・・・

 

「C社にしよう」と決めかけていたのに、どんどんC社から気持ちが離れていったような気がします。

 

「前回見学出来なかったB社を見学してから決めたい」と思い、B社に見学の予約を入れました。

 

見学にいった葬儀場は新しい建物で自宅からもそんなに遠くなく、1日1組限定。

 

きっと母は静かに送ってほしいと思うだろうから、C社にあったカラオケも必要ありません。

 

お母さん「ぶっちゃけてお話ししますね。今、御社ともう1社で悩んでいます。本当はもう1社のほうに決めるつもりだったんですが、プランに胴骨壺と棺布団が入っていなかったのが気になって」

 

C社の担当者は私がビックリするほと驚いて声をあげました。

 

お父さん「ええっ! 棺布団は亡くなった方がこの世で最後にお休みになるお布団なのに、 棺布団がプランに入っていないなんて信じられない!」

 

 

「この方(会社)は私と同じ感覚の持ち主」だと思いました。

 

「御社に決めました。会員になります」(会員になると葬儀の際に割引があるのです)

 

最初はC社に決めようと思っていましたが、最後の決め手は金額ではなく感覚でした。

 

見学時にたくさんのお土産、葬儀場にカラオケ、プランに胴骨壺や棺布団なし。

 

他の葬儀場よりお高めのC社ですが、私の友人達が何故C社を利用するのか少しわかったような気がしました