Carpe Diem 〜今を生きる〜  -8ページ目


カートかっこいい。

遠くを見てる。


あるコトバについての会話。

「あのさ、ただ出逢って別れてくことに何をそんなに考えてるんだ。」

「いや、考えてるわけじゃない。」

「じゃあ、何だってんだ。」

「内側さ、奥の奥のほうにあるものを必死にかき分けながら進んでく。ひとつの冒険だよ。」

「いったい何を言ってるんだ。」

「つまりさ、出逢いだの、別れだの、そんなのはただのコトバさ。受信者に解釈を任せて、発信者の意味する出逢いと別れとは違う。コトバなんて暗号さ。決して、正しくは伝わらない。人智も、歴史も、風も、海も、ドレミファも。」

「でも今、お前が話すコトバが現にこうして伝わってるじゃないか。」

「違うのさ、だから内側なんだよ。出逢いとか別れには感情が無意識にも含まれるんだ。コトバじゃない、もっと深い。」

「コトバでは言い表せないってことね。」

「そうじゃない。」


それでも、俺は画面上にコトバを綴る。

消しゴムで消すわけでも、二重線を引くでも、deleteキーをタイプするでもなく。

そこに意志がある。

ponta


$kimama-blog

先日行った瑞牆山の山頂から。

たいていのことがちっぽけに思える。

山を歩くと木の根っこが手すりや足場として存在してくれてて、山が登らせてくれるように感じる。

自然こそ、偉大。


今この地球も、530億年位したら太陽に燃え尽くされてしまうらしい。
ある一説だけど。

太陽に生かされ、太陽に奪われる。


ヒトはどこまで存在できるか。

先に備えて人類火星移住計画もあるけど、莫大なコストを危惧し非難する人もいる。

でも、宇宙には生きている間に行ってみたい。

そこには夢があるんだと思う。
かつての不可能は、今可能なこととして存在してる。

できないことが悪いんじゃない。
夢を持っていないことが悪いんじゃない。
非難することが悪いんじゃない。

善は自分で決めること。

なんとなく、そう思う。あくまで、俺は。

ponta
2 + 2 = 5 (Live At Earls C.../Radiohead


radiohead 「2+2=5」。

ジョージ・オーウェル「1984」がルーツ。

「二重思考」ということです。


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いつかのスケボの写真。
このとき、まさに「2+2=5」を聴いてた。

写真と音楽は、あのころの記憶の記録。

ponta