建長寺の次に向かったのは、鶴岡八幡宮!
正門が少し遠かったので、Googleマップの案内に従って歩いていると
鳩サブレーの看板が見えてきました
そのすぐ隣が丸山稲荷社に近い入口だった
階段を登っていると、なんと目の前にリスが現れたんです!
カメラを構える間に道沿いの森に戻ってしまいましたが、
こんな間近でリスを見たのは初めてで、
本当に可愛かった〜。
そこから鶴岡八幡宮の境内に入ると、
すぐに丸山稲荷社が見えてきました↓
本宮はすぐ隣にあります
定焦カメラでは画角が足りなかったので、スマホで全貌を撮りました↓
カメラで撮ったのはこれ↓
中に入ると撮影禁止の看板があったので
中の様子を簡単にご紹介しますね
中はそれほど広くはないのですが
お参りに来ている人が本当に多くて
ものすごく賑やかでした!
お賽銭を投入する音は途絶えることなく
活気に満ち溢れていました~
八幡宮なので、ここに祀られている神様は、
八幡神としての「応神天皇」、そしてそのお母様である「神功皇后」、さらに「比売神」です。
武内宿禰もいらっしゃるのですが、
隣の看板の説明を読んで、この方が長寿の守り神だと知りました。
勉強になりました!
外国人であるわたし、以前は神道について、
イザナギ、イザナミ、天照大神、月読命、スサノオといった
神様とその関係性くらいしか知りませんでした。
近世までの天皇については、まったく知識がなかったんです。
でも、幸運にも日本史にアメブロを書いているピグ友のゆうさんがいて、
ゆうさんのブログで「応神天皇」や「神功皇后」、「武内宿禰」
といったキャラたちのことや、その物語を学ぶことができました!
ゆうさん、本当にありがとう!助かりました!
ゆうさんのブログはこちら↓
日本史に興味がある方には、本当におすすめですよ!
話は戻りますが、八幡三神は日本の武神や軍神なので、
もしかしたら北欧神話のオーディンのような存在なの
かもしれなないですね!
源平合戦の後に実権を握った源氏が、
鎌倉に日本で最初の幕府を開き、
幕府時代が始まりました!
だから、武を司る神様をお祀りしているのも納得ですね!
そのためか、ここで売られているお守りには、
武器をモチーフとして作ったものが多いんです~
本当は御刀守を買いたかったんですが、
日本に来る時に母がフルーツを切るセラミックナイフを
我が国の高速鉄道スタッフに没収されてしまったので
念のため破魔矢を購入しました〜
本宮の左手には宝物殿があって
源氏の歴史に関わるものが展示されています
そこで源平合戦について改めて学ぶことができました!
まるで大阪城博物館で戦国時代の知識を
整理し直した時のような気分でしたね
一番驚いたのは、なんと足利持氏の血書願文も
展示されていたことです!
最初は本当に血なのかと疑って、色が薄いな、と
血なら時間が経つと真っ黒になるはずだと思ったので
後で調べてみたら、血を朱墨に混ぜて書かれたものだと分かりました。
血まで使うなんて、すごい執念ですよね
あるいは、何かの魔法の儀式用だったのかもしれません
なので、隅々までじっくり読んでしまいました(笑)
すると「呪詛の怨敵を未兆に攘い」という言葉が目に飛び込んできました!
敵が現れる前に、呪術で敵を排除するってこと?!すごすぎる!
宝物殿の見学が終わったら、引き続き境内を散歩しました
明治天皇がこの場所で閲兵したことを記念する碑も見つけました
文字がはっきり読めなかったので
こちらにそのことについて紹介しているサイトのリンクを載せておきますね。
明治6年(1873年)に何か戦争があったのかな?
と思って調べてみたら、西南戦争でしたね!
つまり、『明治剣客浪漫譚(るろうに剣心)』の時代だったんですね〜!
最初は日露戦争かと思いましたが、日露戦争は1904年から1905年でした。
さらに境内を散策すると
広々とした池を発見↓
その池には、カモ、ハト、カメ、魚など
たくさんの生き物がいました
動物に餌をあげている人もいました~
ようやく正門到着↓
晩ご飯の後で横浜の夜景を見たかったのですが
まだ空がとても明るかったので、
そのまま帰りました↓
これで神奈川県の日帰り観光は終わりです!
観光情報たくさん教えてくれた
てんてんさんありがとうございます!
午後に川崎大師で撮った写真は、次回載せますね!
それに、川崎大師で偶然にも世界線ジャンプしたので
インターネットで7月5日(明日)に
起きるとされていた事件が起きない世界線に入りました〜
詳しくは次の記事で!
写真がたくさんあるので
コメントはなくても見るだけで楽しめますよ!

































































