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奈良から戻った翌朝、山登りを避けるためにタクシーで今熊野観音寺へ向かいました。
実は前日、近鉄に乗るためにタクシーで京都駅へ向かっている最中、車窓からとても立派なお寺が見えたのですが、それが何という寺なのかは今も分からずじまいです↓
今熊野観音寺については、以前は全く知識がありませんでした。前回の京都旅行で泉涌寺を通りかかった際、「頭痛封じ」と書かれた旗がたくさんなびいているのを見て、「ここは私にぴったりだ」と思ったのがきっかけです。血管収縮による片頭痛に10代後半から悩まされており、冷風やホルモンバランスの変化で体調を崩しては、EVEなどの薬やYouTubeの「頭痛改善音楽」に頼る日々でした。
しかし、今回行ってみると「頭痛封じ」の旗は片付けられており、代わりに「ぼけ封じ」の旗が。今はもう頭痛のご利益はやっていないのかと、少し不安になりました(笑)↑
案内看板↑
後白河上皇についても書かれていましたが、かなり控えめな記述でした。ここでYouTubeで得た知識を少し補足します(知っている方は読み飛ばしてください)↓
後白河上皇は激しい頭痛に苦しんでいましたが、ある夜、観音様のお告げを受けました。岩田川の川底を探すと、柳の木が目から突き出た髑髏が見つかりました。それは上皇の前世である高僧の成れの果てであり、風が吹いて柳が揺れるたびに上皇の頭が痛んでいたというのです。この髑髏を観音像の中に納めたところ、上皇の頭痛はたちまち治まったと伝えられています。ちなみに、その柳の木は三十三間堂のむなぎとして使われているそうです。
驚くべきことに、京都から戻って一ヶ月以上、一度も頭痛が再発していません(笑)。本当に霊験あらたかです。観音様、後白河上皇、そして前世の髑髏の主に感謝します。
こまもり大師の前には井戸があり、そこには千社札がびっしりと貼られていました↓
2017年に浅草寺の柱で初めてこれを見た時、ピグともに聞いてその存在を知りました。今回調べて分かったのですが、これらは公式な奉納ではなく、日本におけるグラフィティのような側面もあるのですね。観光客として捕まるのは怖いので自分では貼りませんが、自分のスーツケース用に似たようなステッカーを作りたくなりました。
本堂↓
本堂の隣りの↓
開山時の石塔↓
大師堂↓
弘法大師が錫杖で突いて湧き出したという「五智水」(さっきの井戸と違う)↓
近くの抹茶店でも使われているこの水を、お賽銭をあげて持参したコップで頂きました。とても清らかで喉越しが良く、ホテルに持ち帰って沸かしてからも飲みました。母に「智能は上がった?」と聞くと「少し上がったみたい」と言われましたが、自分ではまだよく分かりません。
大師堂の右側には、ぼけ封じ観音が安置されています↓
足元におじいちゃんとおばあちゃんがいる姿は、こまもり大師の足元にいる男児と女児と対照的で趣がありました。
一方、左側には何かの植物を育てるための棚があり、その下にはさまざまな仏菩薩や地蔵尊の石像が並んでいました↓
今熊野観音寺のレポは、ここまでといたします。
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次に向かったのは霊山歴史館です↓
前回通りかかった際に看板を見て興味を惹かれたのですが、休館日だったので今回はリベンジです。
開館まで少し時間があったので、隣の霊山護国神社へ↓
案内図によると、一番上には坂本龍馬や桂小五郎の墓があるようです↓
霊山歴史館が開門すると、すぐにお目当ての展示へ。
撮影可能なエリアでは、坂本龍馬を斬ったとされる刀や、龍馬を殺害した桂早之助が戦死した際の佩刀を撮影しました↓
私が一番見たかったのは、土方歳三が戊辰戦争で使用した「大和守源秀国」です↓
和泉守兼定も期待していましたが、あちらは日野市にあるのですね。
そして近藤勇の刀も↓
解説には「新選組にとって刀は消耗品だった」とありましたが、持ち主の気魄というものは物に宿るのでしょうか。近藤や土方の刀と、桂早之助の刀では、写真越しでも伝わってくる空気が違うように感じました。もちろん、後者が名工の手による逸品であるという可能性も否定できません。
撮影不可の展示エリアでは、黒船来航から近代化までの日本の歴史が網羅されており、8年後に描く予定の「自分自身の新選組漫画」のためのタイムライン整理に非常に役立ちました。特に戊辰戦争時の「東照大権現」の旗は、歳月を経て淡く変色した血痕が残っており、当時の戦争の圧迫感に圧倒されました。坂本龍馬の等身大像は、毛穴や手毛まで再現されていて、展示ケースの中に本人が立っているのかと見紛うほどでした。池田屋や前田邸の模型も、散らばった酒瓶など血生臭い暴力の現場がリアルに再現されていました。今回は壬生の前田邸跡には行けませんでしたが、次回はぜひ現地を訪れたいです。
意外なことに、ここには京都の街を一望できる展望台がありました。写真を撮っていると、スーツ姿の職員の方が解説してくださり、Googleマップ以外の地図はさっぱりな私のような外人にとって、本当に助かりました!なんとここからOSAKA CITYまで見えるのです↓
京都タワーの横に見える銀色の寺院は(……名前を忘れました。五智水を……)
そしてあちらに見えるのは五山送り火の山々↓
レンズが狭くて入り切らなかったので動画も撮りました↓
歴史館を出るとちょうどお昼時だったので、清水 順正 おかべ家という店舗のようです)」で豆腐コースを頂きました。そこで初めて『順正』の本店が南禅寺にあり、その名も『南禅寺順正』であることを知りました。食器やメニューに記されたその名を見て、その足で南禅寺の水路閣へと向かいました。
お豆腐と水路閣の写真は、次回更新予定です。
ご拝読ありがとうございました。お楽しみに!


















