皆さん、いつもありがとうございます!

前回の続きをお届けします。

 

 

 

南禅寺から真如堂へ向かう際、バスを使っても徒歩でも時間はさほど変わらないようだったので、今回は歩く道を選びました。

 

……が、正直に言います。一番遠く感じたのは、距離ではなく山道でした↓

 

 

真如堂は、実質「山頂」にあります。でも、その分、道中では京都の街並みを一望することができました。沿道には立派な民家が立ち並んでいて、ベランダから京都のパノラマが見えるなんて……ここに住んでいるのは、きっと相当なセレブに違いありません。

 

今回真如堂を訪れた理由は、あるYouTube動画で「あそこの庭園には安倍晴明が張った結界がある」という話を聞いたからです。ただ、残念ながら庭園の入り口が見つけられず、中には入りませんでした。なので、結界の有無は分からずじまい(入っても私には感じ取れなかったかもしれませんが……)。

 

実は、ネットでいくら調べても「真如堂に晴明の結界」という話はあの動画以外に見当たらないんですよね。ただ、ここは間違いなく「安倍晴明ゆかりの地」です。

 

伝説によると、晴明が一度亡くなってあの世へ行った際、不動明王が「彼は人間界に戻ってもっと人々を救うべきだ」と閻魔大王に執成し、現世に復活したと言われています。そのため、ここには珍しい「復活守」というお守りがあるんです。

 

実は、経営が「半死半生」状態の自社を復活させるべくこのお守りを買ったのですが、会社本体が復活したかは正直よく分かりませんが(相変わらず出勤していますし)、意外なところで「復活」がありました!副業の方で奇跡が!1〜2年ほど音沙汰のなかったクライアントから、急に連絡があって案件をいただけたんです。これ、結構ご利益あるかもしれません。何かを「復活」させたい方はぜひ!

 

ちなみに、ここには晴明が屋敷で祀っていた不動明王も安置されているそうですが、具体的な場所は分かりませんでした。公式サイト(https://shin-nyo-do.jp/)を見ると境内はかなり広く、私はまだ3分の1も回れていない気がします。

 

 

 

 

民家側の入り口から入ったので、まずは元三大師堂

 

 

ひまわり可愛すぎる↑

 

 

続いて本堂

 

 

水手舎↓

 

 

三重塔↓

 

 

午後で撮ったのに、モーニングのような雰囲気で不思議↑

 

 

少し離れた場所から本堂をもう一枚↓

 

 

 

本来はそのまま直進すれば総門なのですが、なぜか隣の金戒光明寺迷い込んでしまいました↓

 

 

もちろん「近いからついでに」寄ったわけではありません(笑)。ここは「新選組ゆかりの地」だからです。

 

 

当時、京都では親幕府派を狙った「天誅」という名の暗殺が横行していました。これを鎮圧するため、会津藩主・松平容保が京都守護職に就任し、ここ金戒光明寺に本陣を置きました。そこで結成されたのが、新選組の前身である「壬生浪士組」です。まさに新選組の原点ともいえる場所なんです。

 

「京都守護職・会津藩主松平公本陣旧趾」の碑を探したのですが、ルートが悪かったのか見つけられず……。でも公式サイト(https://www.kurodani.jp/roots/)が詳しいので、後でしっかり復習しました。

 

また、ここには広大な墓地があり、檀家の方々の豊かさが伺えます。有名な「アフロ仏」こと五劫思惟(ごこうしゆい)阿弥陀仏も、今回は見逃してしまいました。気になる方は公式サイトをチェックしてみてください:https://www.kurodani.jp/recommend/gokoh.php

 

鐘楼↓

 

 

 

最後に山門を通り、銀閣寺方面へ↓

 

 

 

 

山を下りている途中で、ようやく真如堂の総門を見つけることができました↓

 

 

 

 

次回の更新は銀閣寺の写真をお届けしますね。

 

 

 


【番外編】念願のスシロー!香港での報復(?)消費

今回の京都写真は少し少なめだったので、先週行った「スシロー」の話を。京都とは無関係なので、興味のない方はスルーしてください!

 

先週、用事で香港の郊外へ行った際、開店直後のスシローを発見。整理券34番をゲットし、30分足らずで入店できました!(アプリの予約ボタンはなぜかずっとグレーで使えなかったのですが……)。

 

 

香港のスシローは大陸とは違い、日本から直送された魚を使っているそうで、味は日本で食べるのと遜色ありません。以前日本で挑戦した時は「200人待ち」で諦めたので、ようやくのリベンジです。

 

まずは期間限定の豪華メニューから:

  • サーモン4種盛り

  • 天ぷら巾着(ホタテ・海老)

 
  • これも期間限定の一皿

 

……でも、途中で気づいたんです。「赤皿(12枚香港ドル)」を中心に頼めば、めちゃくちゃコスパが良いことに!安い回転寿司より安いのに、クオリティが段違い。

 

 

 

そこからは「赤皿セット」で報復開始です↓

 

 

大好きな赤身↓

 

ずっと食べたかった小肌↓

 
 
大葉が挟まった何か↓
 
 

そして念願の鰤(これ赤皿じゃないな)↓

 
 

もう、最高でした。世界一です!

 

 

結局、広州の自宅に戻ったのは夜10時過ぎ。

配車アプリを待っている時に道端で撮った花を添えて↓

 

 

 

今回も読んでいただきありがとうございました。

また次回お会いしましょう!

 

 

お待たせいたしました! 

週2回の更新を予定していましたが、今週は諸事情により今日の更新のみとなってしまいました。

 

前回の続きです。霊山歴史館を後にした頃には、ちょうどお昼時。Googleマップで近くのレストランを探したところ、徒歩9分ほどの三年坂にある「清水 順正 おかべ家」を見つけ、そこでランチをすることにしました。

 

ルートはこんな感じです↓

 

 

途中、三年坂を通りました。もともとは混雑を避けて行かないつもりでしたが、大陸の団体旅行が制限されている影響か、土曜日の昼間でも人出は意外と許容範囲内。

 

そして、驚いたことに……本当に三年坂で転んでいる観光客を目撃してしまいました!三年坂のあの伝説を、彼らが知らないことを祈るばかりです!

 

目的地に到着。お店は京町家を改装した素敵な造りでしたが、外観の写真を撮りそびれてしまいました。雰囲気や料理の詳細は公式サイトを参考にしてみてください:

 

https://www.okabeya.com/

 

 

公式サイトにもある通り、箸袋には「都ばなし」が記されています↑

ただ、お料理が運ばれてくるのが早くて、その場でゆっくり読む余裕がありませんでした。ホテルに持ち帰ってじっくり読めばよかったのにね!

 

 

今回は母と二人で、それぞれ「ゆとうふ 藤」と「ゆば 藤」のコースを注文しました。

 

私の方は、浅いお鍋で豆乳を温め、表面にできた湯葉をすくい取って食べるスタイル↓

 

 

この食べ方は初めてでしたが、とても新鮮で美味しかったです。 

 

 

母の方は定番の湯道腐↓

 

 

蓋を開けるとこんな感じ↓

 

 

 

その他の配膳はほぼ共通でした↓

 

 

右上の灰色のものはよもぎ麩↑

 

 

 

田楽↓

 

 

漬物↓

 

 

野菜天ぷら(たぶんこの写真を撮った時もう1枚食べてしまったかも)↓

 

 

正直、漬物と天ぷらがなかったら、あのご飯は完食できなかったかもしれません(笑)。

 

お腹がいっぱいになったところで、ふと目に留まった「南禅寺順正」という文字。そこで初めて本店の存在を知り、「よし、南禅寺へ行こう!」と思い立ち、タクシーで向かいました。

 

 

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南禅寺に到着。

 

三門↓

 

 

法堂↓

 

 

周辺の景色↓

 

 

流石は禅寺、至る所で座禅体験の案内がありました。

 

 

 

 

そして今回の目玉、水路閣↓

 

 

やはり皆さんここがお目当てのようで、かなりの人気スポットです。早朝に来ない限り、無人の写真を撮るのは至難の業ですね。 

 

 

 

 

この写真は、AIで人を消してMacBook Proの壁紙にしようと思っています↑

 

 

 

 

こちらの人が写っていない一枚(写真)は、10分ほど粘ってようやく撮影できました↑

 

 

 

後ろ側から見ると、アーチ下の空間が狭まって見え、正面ほどの迫力はありません↓

 

 

 

 

 

さらに上へ登ってみると、なんと今でも現役で水が流れていました↓

 

 

歴史遺産として保存されているだけかと思っていたのでびっくりします! 

 

 

 

 

その他、境内のスポット↓

 

 

たぶん庭園↓

 

 

今回の更新はここまで。読んでいただきありがとうございました! 

 

 

 

次回は真如堂金戒光明寺をお届けします。 ただ、写真が少なめで一話分には足りないかもしれないので、昨日ようやく念願叶って行くことができた「スシロー」のレポートも併せてお届けする予定です(日本国内の店舗ではありませんが)。

 

次回の更新もどうぞお楽しみに!

 

いつもありがとうございます!

奈良から戻った翌朝、山登りを避けるためにタクシーで今熊野観音寺へ向かいました。

 

実は前日、近鉄に乗るためにタクシーで京都駅へ向かっている最中、車窓からとても立派なお寺が見えたのですが、それが何という寺なのかは今も分からずじまいです↓

 

 

今熊野観音寺については、以前は全く知識がありませんでした。前回の京都旅行で泉涌寺を通りかかった際、「頭痛封じ」と書かれた旗がたくさんなびいているのを見て、「ここは私にぴったりだ」と思ったのがきっかけです。血管収縮による片頭痛に10代後半から悩まされており、冷風やホルモンバランスの変化で体調を崩しては、EVEなどの薬やYouTubeの「頭痛改善音楽」に頼る日々でした。

 

 

しかし、今回行ってみると「頭痛封じ」の旗は片付けられており、代わりに「ぼけ封じ」の旗が。今はもう頭痛のご利益はやっていないのかと、少し不安になりました(笑)↑

 

 

 

案内看板↑

 

後白河上皇についても書かれていましたが、かなり控えめな記述でした。ここでYouTubeで得た知識を少し補足します(知っている方は読み飛ばしてください)↓

 

後白河上皇は激しい頭痛に苦しんでいましたが、ある夜、観音様のお告げを受けました。岩田川の川底を探すと、柳の木が目から突き出た髑髏が見つかりました。それは上皇の前世である高僧の成れの果てであり、風が吹いて柳が揺れるたびに上皇の頭が痛んでいたというのです。この髑髏を観音像の中に納めたところ、上皇の頭痛はたちまち治まったと伝えられています。ちなみに、その柳の木は三十三間堂のむなぎとして使われているそうです。

 

驚くべきことに、京都から戻って一ヶ月以上、一度も頭痛が再発していません(笑)。本当に霊験あらたかです。観音様、後白河上皇、そして前世の髑髏の主に感謝します。

 

 

 

こまもり大師の前には井戸があり、そこには千社札がびっしりと貼られていました↓

 

 

2017年に浅草寺の柱で初めてこれを見た時、ピグともに聞いてその存在を知りました。今回調べて分かったのですが、これらは公式な奉納ではなく、日本におけるグラフィティのような側面もあるのですね。観光客として捕まるのは怖いので自分では貼りませんが、自分のスーツケース用に似たようなステッカーを作りたくなりました。

 

本堂↓

 

 

本堂の隣りの↓

 

 

開山時の石塔↓

 

 

大師堂↓

 

 

弘法大師が錫杖で突いて湧き出したという「五智水」(さっきの井戸と違う)↓

 

 

近くの抹茶店でも使われているこの水を、お賽銭をあげて持参したコップで頂きました。とても清らかで喉越しが良く、ホテルに持ち帰って沸かしてからも飲みました。母に「智能は上がった?」と聞くと「少し上がったみたい」と言われましたが、自分ではまだよく分かりません。

 

大師堂の右側には、ぼけ封じ観音が安置されています↓

 

 

足元におじいちゃんとおばあちゃんがいる姿は、こまもり大師の足元にいる男児と女児と対照的で趣がありました。

 

一方、左側には何かの植物を育てるための棚があり、その下にはさまざまな仏菩薩や地蔵尊の石像が並んでいました↓

 

 

今熊野観音寺のレポは、ここまでといたします。

 

 

 

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次に向かったのは霊山歴史館です↓

 

 

前回通りかかった際に看板を見て興味を惹かれたのですが、休館日だったので今回はリベンジです。

 

開館まで少し時間があったので、隣の霊山護国神社へ↓

 

 

案内図によると、一番上には坂本龍馬や桂小五郎の墓があるようです↓

 

 

霊山歴史館が開門すると、すぐにお目当ての展示へ。

 

撮影可能なエリアでは、坂本龍馬を斬ったとされる刀や、龍馬を殺害した桂早之助が戦死した際の佩刀を撮影しました↓

 

 

 

私が一番見たかったのは、土方歳三が戊辰戦争で使用した「大和守源秀国」です↓

 

 

和泉守兼定も期待していましたが、あちらは日野市にあるのですね。

 

そして近藤勇の刀も↓

 

 

解説には「新選組にとって刀は消耗品だった」とありましたが、持ち主の気魄というものは物に宿るのでしょうか。近藤や土方の刀と、桂早之助の刀では、写真越しでも伝わってくる空気が違うように感じました。もちろん、後者が名工の手による逸品であるという可能性も否定できません。

 

 

撮影不可の展示エリアでは、黒船来航から近代化までの日本の歴史が網羅されており、8年後に描く予定の「自分自身の新選組漫画」のためのタイムライン整理に非常に役立ちました。特に戊辰戦争時の「東照大権現」の旗は、歳月を経て淡く変色した血痕が残っており、当時の戦争の圧迫感に圧倒されました。坂本龍馬の等身大像は、毛穴や手毛まで再現されていて、展示ケースの中に本人が立っているのかと見紛うほどでした。池田屋や前田邸の模型も、散らばった酒瓶など血生臭い暴力の現場がリアルに再現されていました。今回は壬生の前田邸跡には行けませんでしたが、次回はぜひ現地を訪れたいです。

 

 

意外なことに、ここには京都の街を一望できる展望台がありました。写真を撮っていると、スーツ姿の職員の方が解説してくださり、Googleマップ以外の地図はさっぱりな私のような外人にとって、本当に助かりました!なんとここからOSAKA CITYまで見えるのです↓

 

 

京都タワーの横に見える銀色の寺院は(……名前を忘れました。五智水を……)

 

そしてあちらに見えるのは五山送り火の山々↓

 

 

レンズが狭くて入り切らなかったので動画も撮りました↓

 

 

歴史館を出るとちょうどお昼時だったので、清水 順正 おかべ家という店舗のようです)」で豆腐コースを頂きました。そこで初めて『順正』の本店が南禅寺にあり、その名も『南禅寺順正』であることを知りました。食器やメニューに記されたその名を見て、その足で南禅寺の水路閣へと向かいました。

 

お豆腐と水路閣の写真は、次回更新予定です。 

ご拝読ありがとうございました。お楽しみに!